利府高校演劇部 平成十年度 東部演劇祭 上演台本



   

迷い子U(第八稿)

十月十六日


  
               

   作     杉内浩幸・及川千暁
 
  登場人物  アキ   佐藤美奈
          サトミ  及川千暁 
           フミエ  関東芽久美
           ナオキ  神野真史 
          ユウト  岸 和哉
           セイコ  浅部玲泉子



       

上演記録  一九九八年十月二十三日(金)午前九時四十分   
        本吉町 はまなすホール

時間・場所 一九九九年 秋 学校の昼休み
       校舎の踊り場(屋上の入口)
        まるでガラクタ置き場のような場所に、不思議な光が交錯する。
        この光は、その「場所」が持つ空気を表現するものとする。
       上手側に屋上へ通じる鉄扉 下手袖に階段があるらしい。
        ぼんやりと明かりが差し込む中、ユウトが走り込んでくる。
        しばし呆然。やがて、まるで塒に帰るかのように、シートをかぶって、隠れて眠る
        二人の女子高生の話し声。
       二人の女子高生が懐中電灯を照らしながら恐る恐る入ってくる。
       サトミは片手にラジカセを持っている。二人とも鞄を持っている。

アキ   ねえ、ここ?
サトミ  うん、ここ。
アキ   遠いね、四階はさすがに。
サトミ  五階よ、五階、四階の上なんだから。
アキ   そりゃそうだけど(息が切れる)どうして暗いの、昼間なのに。
サトミ  電気電気。
アキ   電気、どこ?
サトミ  その辺?
アキ   あった、あった。
サトミ  うわ、また増えてる……
アキ   ここなら誰も来なさそうだし。
サトミ  そうよ。
アキ   ほんじゃま、いこか?
サトミ  おう……
        激しい音楽が鳴り響き、二人の女子高生が勢いよく踊り出す。
        やがてサトミが動きを止めて、アキを見る。一人で踊るアキ。
        サトミ音楽を切る。
アキ   どうしたの?。
サトミ  ちょっと、間違わないでよね、こうやってこうやってこうでしょ。
アキ   あれえ、そうだっけ?
サトミ  こうやってこうやってそしてからこうよ!
アキ   あー、できない!
サトミ  どーすんのよ、もう……言われたとおり踊らなきゃダメなんだから。
アキ   いいわよもう、こんなの…
サトミ  こんなの? いいのそんなことで。
アキ   難しいよ、これ。ほら、もっとさ、単純なのにしない、曲もさ、もっと簡単なやつ
サトミ  探してくれば…あたしがレンタル屋四件も回って、やっと見つけたこの曲にあんたケチつけるわけ。いいのよ、それなら、こんなもの、あたしは別に一人で踊ったっていいんだから。
アキ   踊らないと、やっぱだめかな。
サトミ  何よ今さら。点数もらえないでしょ。
アキ   しょうがないよね。
サトミ  しょうがないのよ。
アキ   ……踊れないよ、やっぱり。
サトミ  なんなのもう!
アキ   わかった、わかったって、怒んないでよ、ね、それよりさあ、お弁当にしよっか、昼休み終わっちゃうよ、ね。ほらあ、ちゃんと練習するからさ、一二、一二、ね、こう?
サトミ  ……
アキ   あやまってるじゃない、サトミ、もう、怒らないでよ。
サトミ  もう、仕方ないんだから、踊らなきゃだめなんだから。
アキ   みんなもう出来てるのかなあ。
サトミ  アキ! 
アキ   わかった、わかったって、ね、やろう、それともお弁当?
サトミ  ちゃんと踊れる?
アキ   うん
サトミ  遊びじゃないのよ。
アキ   踊れるかな……
サトミ  気の弱いこと言ってんじゃないの。
アキ   そうね、みんなをおどかさなきゃ。
サトミ  じゃあ、もう一回、いくよ。
アキ   OK! ミュージック、スタート!
       完璧に踊る二人
       突然聞こえる鐘の音
       ここから、時間と空間が少しずつ歪み始める。
       その歪みは登場人物達の心の歪みでもある。
アキ   ちょっと、何今の、予鈴?
サトミ  そんな、昼休み始まったばかりじゃん。
アキ   だよねえ、何時?
サトミ  時計持ってきてない。間違いだよ、間違い、ほら、鐘鳴らないときだってあるじゃん。
アキ   見て来よっか。
サトミ  いらないいらない、大丈夫大丈夫。
アキ   そうだよね、お弁当まだだもんね。
サトミ  あんたさ、さっきからお弁当の話ばっかしてない?
アキ   そお?
サトミ  ほかに話題ないわけ、なんかほら、もっと色気のある……ねえ
アキ   ない。
サトミ  やっぱり。
アキ   やっぱり、学校はお弁当とフトシ先輩よね。
サトミ  してるじゃない!
アキ   サトミ、今日のおかず、何?
サトミ  ちょっと、話そらす気?
アキ   あたしお弁当二つ作ったんだあ
サトミ  まさか……
アキ   あたしって、とっても気が利くのよね。昨日の試合で疲れてるんだから。
サトミ  抜け駆けしようとしてたのね。
アキ   あれえ? 何の話? アキちっともわかんなーい。
サトミ  あたしだって……
アキ   あたしだってえ……
サトミ  じゃーん、ジャンボ海苔巻き、ハート型梅シソ
アキ   うわ、ださ…
サトミ  なんか言った?
アキ   いや別に。
サトミ  作ったんだ、あこがれのフトシ先輩、「先輩、それだけじゃ足りないでしょう?練習が終わったら食べて…ね、太巻き、いいでしょ」愛情愛情。
アキ   (イヤーな顔をしながら)格好良かったなあ、フトシ先輩。
サトミ  あ、なに、なにそれ。
アキ   ホームラン打つし…
サトミ  そういえばあんた、いつの間にそんなに日焼けして
アキ   ははははは、アイアム、ベリープリティー、チアガール……
サトミ  昨日あんた、なんか見かけないと思ったら、行ったのね、ずるいずるい
アキ   ナガイ先輩もよかったな。ま、アキはフトシ先輩一番だけどね。
サトミ  もーうるさい、黙れ、しゃべるな。
アキ   アヅミ先輩、三振十個もとっちゃうし。格好いいんだから……
サトミ  あんた、アヅミ先輩にまで……
アキ   格好いいよね、彼も、ちょっと顔は、んん…だけどさ、あの、厚い胸板、太い腕、剛速球……ううん……
ユウト  ううん……(唸り声)
サトミ  ちょっと、今何か聞こえなかった?ギャー、あんた何やってんの、あんたの足臭いんだから、臭いうつるでしょ、ジャンボ海苔巻き。
アキ   イヒ! 殺すぞー
        アキ、靴の片方を脱いで、持って、サトミを追い回す
サトミ  キャー、やだやだ……あんたの靴は拷問だあー、びこうくずしの刑だあー
アキ   うるさあーい、死ねー
サトミ  キャー
        フミエ登場、ぶつかりそうになって
フミエ  キャッ!
アキ   うわ!
サトミ  ちょっとおどかさないで。
フミエ  何ですか。
サトミ  こいつの足が臭かったからね。
       アキ、サトミの頭を靴で殴る
サトミ  いて、何すんだよ。
       アキ、靴をサトミの鼻にあてがう
       気絶するサトミ
アキ   イヒ!
       フミエ、不審げな顔をしながら、扉の方へ行き、開けようとする。
アキ   サトミ、サトミってば。
サトミ  強烈ね、アキの足は……
アキ   大袈裟なの! それよりさ、早いとこお弁当食べようよ。
サトミ  いいけどさ。
アキ   ああ!
サトミ  なに!
アキ   お弁当置いてきた!
サトミ  バカ!
       速攻でいなくなるアキ
サトミ  そこ、開かないよ。
フミエ  そう……
サトミ  たばこ吸う奴がいるからだよ。
フミエ  え?
サトミ  あなた、たばこ吸いたいの?
フミエ  まさか、ちょっと、息苦しいから。
サトミ  ああ…
フミエ  ここ、埃っぽい。
サトミ  ああ……
フミエ  何か?
サトミ  あなた、いっつも保健室いる人?
フミエ  …………
サトミ  二年だよね…何組?
フミエ  ……
サトミ  どうしたの……一人で……
フミエ  保健室追い出されちゃって。
サトミ  そんな。
フミエ  担任が来て、教室戻れって。
サトミ  ……担任って、だれ?
フミエ  和田先生
サトミ  ああ、英語の…
フミエ  うん。
サトミ  最悪…
フミエ  そう?
サトミ  だって、全然わかんないじゃん。
フミエ  教わってるの?
サトミ  一年の時。
フミエ  あたしは……好きなの、あの先生。
サトミ  あ…そう…うん、いいとこあるよね。
フミエ  いいわよ無理しなくて。
サトミ  ……
フミエ  でも、今日はちょっとむかついた。
サトミ  ……で、ここに逃げ込んだって訳か。
フミエ  ……
サトミ  屋上行けるといいのに……お弁当食べたら気持ちよさそうじゃない?
フミエ  お弁当置いて来ちゃった。保健室に。
サトミ  持ってくれば、おなか空いちゃうよ。
フミエ  いいの、後で、戻るから。
サトミ  そう……
フミエ  ここ、いろんなものあるのねえ。
サトミ  ガラクタだよ。
フミエ  何でこんなもの。
サトミ  さあね。
フミエ  この電柱も…?
        アキが息を切らして走り込んでくる
サトミ  どこ行ってたのよ。
アキ   時間大丈夫? 鐘鳴ってない?
サトミ  教室?
アキ   ううん、更衣室。
サトミ  そう……
アキ   危なかった、お弁当…そして、フトシ先輩
サトミ  見たの?
アキ   エヘ……
サトミ  あたしの…太(フトシ)巻き……
アキ   あーおいしそう。
サトミ  フトシ先輩に愛を込めて。
        アキ、太巻きを取り返して食べてしまう。
サトミ  ワーギャー(喚きまくるサトミ)
アキ   うん、なかなかやるじゃない、サトミも…合格合格。
サトミ  アキ、それ、わさび巻きだった。
アキ   え……(泡を吹いて気絶する)
サトミ  単純馬鹿ね。これ、食べない? アキのお弁当。
フミエ  だめですよ。
サトミ  いいのいいの、こいつ二つ作ってきてんだから。
フミエ  でも。
サトミ  おなか空いたでしょ。
フミエ  やっぱりあたしいいです。
サトミ  何だ…じゃあ、食っちゃおう(アキの弁当を食べてしまう)
サトミ  アキ、いつまで気絶してんの、起きなさい。
アキ   んが!
サトミ  練習しなきゃ、時間ないよ。
アキ   そうね、そうそうお弁当、お弁当……ね
サトミ  あ…………そうね。……ちょっと……
         逃げようとするサトミ
アキ   どうしたの、サトミ、一緒に食べようよ……
         空の弁当箱に気づいて
アキ   サトミ?
         サトミは既にいない
アキ   待てえ、サトミい………(鬼の形相)
         一人残されるフミエ。使えなくなった机やいすの中で何かを考えるフミエ。
         屋上への扉越しに何かを見ようとする。
         人の足音に警戒して隠れるフミエ
         ナオキ入ってくる。おどおどした様子 
         辺りを見回しながらふるえる手で、たばこに火をつける。
         次第におどおどした感じがなくなり、態度が大きくなる。
         サトミが逃げ込んでくる。アキが追ってくる。
アキ   はっはっはっはっは、そっちは行き止まりじゃ。
サトミ  なんのなんの
         サトミが屋上への入り口を開けようとする。しかし開かない。
サトミ  ちょっと、そうか、かぎ、ああ、開かない、しまった
アキ   へっへっへっへ、サトミ、覚悟お……
サトミ  あ、フトシ先輩(階段の方を指さして)
アキ   え、どこ、ほんと?
         サトミ、アキを突き飛ばして逃げる
サトミ  単純バカね。
アキ   謀ったな、待てえー
         二人消える。
         フミエ、音を立てる。
ナオキ  誰かいるのか?(慌てて火を消すナオキ)
         ナオキ、フミエに近づく
フミエ  先生呼ぶわよ。
ナオキ  呼んでみろよ。
フミエ  何よ、ちょっと、来ないで。
ナオキ  呼んでみろって言ってんだよ。
フミエ  (大きな声で)せんせいー!
ナオキ  あ、ばか。おまえまで停学になるぞ。
フミエ  こっち来ないでって。(角材か何か怪しげなものを振り上げて)
ナオキ  おいおいあぶねえよ、それ。
        ナオキ、一歩下がって新しいたばこに火をつける
フミエ  先生呼んでくる。
ナオキ  (立ちはだかって)呼んで来てみろよ。
フミエ  何よ…
         アキとサトミ駆け込んでくる
アキ   あれ? おじゃまだったみたい。サトミ…
ナオキ  ……
フミエ  違うわよ!(いらついて)
ナオキ  何やってんだよ二人とも。
サトミ  あらあら、何が違うのかしら。
アキ   せんせいー、ナオキ君がまたたばこ吸ってまーす!
ナオキ  おい、ばか、よせ。
アキ   マイルドセブンスーパーライト?相変わらず格好つけてんのね、顔に似合わず……あたしにも頂戴
サトミ  アキ……やめときなさいって…
ナオキ  ……
アキ   先生呼んでこようかなあ…
ナオキ  わかった、わかったって、やるよ一本くらい……
サトミ  やめときなって、アキ……
        たばこに火をつけるアキ
        ナオキももう一本に火をつける
サトミ  もう、煙たまっちゃうじゃない。(戸を開けようとするが開かない)何で開かないのよ…もう…
フミエ  先生呼んでくる。
ナオキ  なんだよさっきから、先生、先生って。
アキ   みんなで一緒に……停学?
ナオキ  俺もう後がないんだ。
サトミ  だったらたばこなんてやめなさいよね。
アキ   そうよ、停学怖くてたばこが吸えっか。
サトミ  ナオキ、何しに来たの?(イヤそうに)
ナオキ  締め出し食らったんだよ。
アキ   部室?
ナオキ  そ。
サトミ  ナオキもうやめたんでしょ、ラグビー
ナオキ  ああ。
アキ   捕まったの、誰か?
ナオキ  一年生。
アキ   何だ、つまんない。
ナオキ  そりゃあねえだろ、アキ、おまえだって今吸ってんじゃねえか。
サトミ  こんなとこでたばこ吸わないでよね。窓ないんだからさ。
ナオキ  俺だって好きで吸ってんじゃねえんだから。
アキ   ナオキ、今年は何組?
ナオキ  二組。
アキ   相変わらず、あんた臭いよ。また言われてんでしょ、くっさーって。
ナオキ  (立ち上がり、アキをにらみつける)……
アキ   本当なんだからしょうがないじゃん。
ナオキ  やめろよ。
フミエ  たばこはやめて。
ナオキ  誰だよこいつ。
サトミ  保健室追い出されたんだって。
ナオキ  さっきからむかつくんだよ。
サトミ  やめなさいって、あんた少しも偉くないんだから。
アキ   ねえ、捕まったって、なんて子?
ナオキ  タケダ、タケダカズヒロ……
アキ   知ってる?
フミエ  ……
ナオキ  ひでえ部室だったぜ。
サトミ  あんたがガンだったんじゃないの?
ナオキ  伝統なの、伝統。吸わないと、勝てないって…
       フミエ去ろうとする
サトミ  どこ行くの?保健室?また締め出されるよ。
フミエ  お弁当取ってくる。
サトミ  そう……
ナオキ  先生に告げ口するんじゃねえだろうな。
       そのとき鐘が鳴る
       一瞬凍りつく四人
アキ   予鈴だよね。今の。
サトミ  じゃあ、さっき鳴ったのは?
アキ   だからあれは間違いだってサトミ言ったじゃん。
サトミ  誰か時計持ってないの?
フミエ  あたし見てくる。
       素早くいなくなるフミエ
ナオキ  なんだよ、あいつ、おどおどしてるくせに、言うことだけ言って。
ナオキ  あいつ、先生呼んで来るんじゃねえだろうな。
サトミ  戻ってくるかなあの子
アキ   え?
サトミ  だから、弁当持ってさ、ここ戻ってくるかなって。
アキ   来る。
サトミ  来ない。
アキ   賭ける?
サトミ  やめとく。
アキ   吸い殻、この缶に入れとくね。
ナオキ  ちょっと、まだ残ってんだよ。
アキ   いいじゃん、けちくさい。生意気に、缶コーヒーだって、大人のまねして。
ナオキ  うっせー
サトミ  そんなにたばこが吸いたいわけ。
ナオキ  臭い消したいんだよ。
サトミ  でもたばこ臭いよ。
ナオキ  たばこの臭いの方がいいんだよ、みんなわかってんだから、その方がいいんだよ。
サトミ  泥沼ね。
ナオキ  そうさ、泥沼さ。おまえ達だって似たようなもんじゃないのか。
サトミ  あたし達は二人だから。まだいいよね。
ナオキ  それで、上達したの、少しは。
アキ   もち……よ。
ナオキ  見せてみなよ。
サトミ  イヤよ。
ナオキ  なんで。
アキ   あんたに見せるために踊ってんじゃないの。
ナオキ  ふん、下手くそなくせに。
アキ   何その言い方!
        フミエ、勢いよく戻ってくる。
ナオキ  先生か!
フミエ  (息を切らせて)さっきの、本鈴だったみたい。
アキ   え!
サトミ  そう……
ナオキ  授業始まってんのか。
フミエ  それがだれもいないの、教室に。一人も……
アキ   それって、どういうこと?
ナオキ  授業終わったのかあ(うれしそうに)
アキ   そんなはずないよ、今日は六時間だって…
サトミ  わかった。
アキ   なに。
サトミ  全校集会よ。みんな体育館だ。
アキ   なあんだ…そうか、驚いて損しちゃった。
フミエ  ああ、そうか、だから保健室誰もいないんだ。
アキ   行って来たの?
フミエ  ええ。
サトミ  よく戻ってきたね。こんなたばこ臭いところに。
フミエ  だって、誰もいなかったから、変だなと思って、教えてあげなきゃと思って。
サトミ  仲間だね……
アキ   鞄?教室行ってないの?
フミエ  ええ……
サトミ  いい調子……
フミエ  え?
ナオキ  探しに来るかな?
アキ   何が?
ナオキ  俺達のこと、先生か、誰か?
サトミ  来るわけないよ、誰も気づかないよ。
アキ   そうなのかなあ。
        ナオキ 新しいたばこに火をつけようとする。
サトミ  もうやめなよ、ナオキ。
ナオキ  それにしてもなんの集会だ?
サトミ  知らない。
ナオキ  連絡あっただろう……
サトミ  聞いてる訳ないじゃん。
ナオキ  そっか……
アキ   わかった、終業式じゃない。
        三人一斉にアキを見つめる。
サトミ  じゃあ、何? 明日から学校休みって訳?
アキ   そういう雰囲気じゃないか。
サトミ  誰もわからないの、自分の学校なのに。
ナオキ  サトミもだろ?
サトミ  あたしはほら、最初っから学校向いてないから。
ナオキ  じゃあ、俺は向いてるのか?
アキ   全然ね。
ナオキ  だろう?
アキ   威張って言うことじゃないでしょ、バカ!
フミエ  誰か死んだのかな。
サトミ  何それ?
フミエ  保健の先生、今日ちょっと様子が変だったから。
アキ   どんな風に?
フミエ  変に優しいって言うか、いろいろ気遣ってくれたから。
アキ   そうそう人は死なないでしょ。
フミエ  そうよね、考えすぎ。
アキ   気になるよね。
サトミ  何よ今さら。
アキ   授業なくなったのかな。
サトミ  五時間目、なんの授業だっけ。
アキ   英語。
サトミ  惜しい…
アキ   なに?
サトミ  だって、せっかく英語つぶれたのに。
アキ   あんたバカじゃないの?そういう問題じゃないでしょ。
サトミ  そうね、関係ないもんね。
        間
アキ   ナオキ、もう一本。
ナオキ  もうダメ!
アキ   なによ、また買えばいいじゃない。
ナオキ  たばこ代だってバカになんないんだから。
サトミ  もう煙たいからやめてよね。
ナオキ  そこ開けりゃあいいだろ。
サトミ  ここは開かないの、そのぐらいわかってんじゃん。
ナオキ  壊しゃあいいんだよ、こうやって。
フミエ  やめて! みんな何いらついてるのよ。
アキ   別にいらついちゃいないけどさ。なんかさ、こうおもしろくないじゃない、
サトミ  思い通りにならないから?
アキ   そうね。あたしのお弁当(サトミをにらんで)
サトミ  踊り…もね、ハハハ…
アキ   ナオキはたばこ吸いたいし……ね。
サトミ  たばこって、吸わずにいらんないもんなの。
ナオキ  ああ。
アキ   あなたは?何か、いらついてる?
フミエ  あたしは特に……
アキ   そんなはず、ないんじゃない?
フミエ  え?
アキ   だって、こんなとこ来ちゃったんだからさ。
フミエ  それは保健室が…
アキ   ほら、いらついてる。そういうことなのよね、ちょっとしたことで、いらつくの。
サトミ  確かにいらつくよね。
アキ   サトミは?
サトミ  あたしは……フトシ先輩かな。
アキ   ん? ふんどし?
サトミ  (アキを叩いて)思い通りにならないのよね。
アキ   あんた、まさか誘ったの?
サトミ  え、なにを、何を誘うって?
アキ   もう、とぼけちゃって、抜け駆けは、びこうくずしの刑だかんね…
サトミ  まいった、冗談よ冗談…ははは、それだけは勘弁して…
        イスが崩れそうになり、顔に傷を負ったユウトが、転がり出てくる。
        驚く五人
        ユウト急に起き上がり、警戒する。
ユウト  誰だ、誰だよおまえたち、殺す気か?。
アキ   何言ってんの、この人。
ナオキ  落ち着けよ。
サトミ  こっちが聞きたいくらいよ、あんた誰、こんなとこに隠れて、人の話盗み聞きして。
ユウト  うるさい、うるさいうるさいうるさい……
ナオキ  大丈夫だよ、俺たちは仲間だよ(近づく)
ユウト  近づくな! (イスを振り上げて)
        女の子たちの悲鳴
ナオキ  待って、ここは俺に任せて。
アキ   どうしちゃったの、一体。
フミエ  しー!
ナオキ  それこっちによこせよ。な、友達じゃないか。何もしないよ、ほら……
ユウト  うるせえー!
ナオキ  ひえー(腰を抜かす)
サトミ  だらしない。
ユウト  近づくな、近づくとぶっ殺す。
三人   キャー
ユウト  おまえたち、あいつらの仲間だろう。
アキ   あいつら?
サトミ  何言ってんだよ、おまえなんか初めてだよ。
ユウト  うそつくな
アキ   落ち着きなよ、ね。
ユウト  うるさい! (イスを振り上げる)
        フミエ、先生を呼びに行こうとして出ようとする
        立ちふさがるユウト
ユウト  先生か、先生を呼びに行くのか、ふざけるな!
アキ   やめて!
ナオキ  やめろ!
        ユウト倒れる
フミエ  ちょっと大丈夫?
        駆け寄る四人
        今度は怯えて逃げ込むユウト
ナオキ  なんだこいつ…
フミエ  何かひどい目に遭わされたのよ、だって怪我してるじゃない。
サトミ  あの目は人を全く信用していない目ね。
アキ   何分析してんのよ、この非常時に。
サトミ  非常時だからこそ冷静な判断が必要なんじゃないの。刺されるところだったんだからね、あたし達。……ちょっと、あんた、こんなとこで何してたのよ。
ユウト  …………………
アキ   刺激しないで。
サトミ  何とか言ったらどうなの?
ナオキ  本当だよ、何とか言えよ(ユウトに近づく)
ユウト  わー(ナオキにかかってくる)
        もみ合い、転がり、反転する二人
フミエ  ちょっと、ちょっと、やめなさい。
        サトミ その辺にあるもので、ユウトの頭に一撃を与える。
        倒れるユウト。
サトミ  全く男はしょうがないんだから、すぐ力に物言わせて。
アキ   話し合いなさいよ、話し合い。
ナオキ  だって、こいつがいきなり。
        しばらく小康状態
アキ   ねえ、おなか空かない?
サトミ  あんた、さっきから食べることばっかり。
アキ   人のお弁当食べたくせに。
サトミ  あなただって太巻き食べたじゃない。
ナオキ  ラーメンでも取ろうか?
サトミ  何ふざけたこと言ってんの?
ナオキ  あれ、知らなかったっけ? 俺んち、ラーメン屋だって。
サトミ  そうだっけ。
アキ   なんかおもしろそうじゃない、学校で出前頼むのって……
サトミ  ラーメン六つ、屋上入口までって…
アキ   おもしろいおもしろい……持ってくるかな。
ナオキ  親父に話せば大丈夫だよ。
アキ   電話してよ。
ナオキ  あ、ピッチ…ない。
サトミ  誰かピッチ持ってないの。
アキ   あたしは没収されたかんね、二回も。
サトミ  あたしも…
アキ   じゃあ、ダメじゃん。
ナオキ  誰か公衆で電話して来いよ。
アキ   あたし、テレカ持ってないもんね。没収されたかんね、二回も。
サトミ  誰に! 
ナオキ  それ泥棒!
         ナオキ、フミエを見て
ナオキ  テレカ持ってないか。
フミエ  持ってるけど……
サトミ  この際行ってもらおうか。
フミエ  あたし、お弁当あるから……
アキ   そうよね、一番食べたい人が行くべきよね。
サトミ  あなたじゃない、おなか空いたって言い出したの!
アキ   あれえ、そうだっけ、エヘへ……
サトミ  ナオキ、あんたんちなんだから、あんたが行くのが筋じゃない?
ナオキ  俺は、やばいんだよ。
サトミ  どうして。
ナオキ  その辺うろうろ出来ないの。目が光ってんだから。
アキ   大丈夫よ、全校集会なんだから。
ナオキ  もう終わってるかもしれないじゃないか。
サトミ  意気地なし。
アキ   そうなると……
        一斉にユウトを見る
ナオキ  おまえ、一年だろ。やっぱりここは……
ユウト  僕ですか……ちょっと
         場面はユウトの教室
男1   何がちょっとだよ。
女1   おなか空いたなあ、あたし。
男1   三八三−八六〇四、行って来いよ
女2   そうよ、行きなさいよ。
女3   もちろん、ユウトのおごりよねえ。
女2   決まってるじゃない!
男1   おい、注文注文……
女1   何がおいしいの?
男1   ま、基本はラーメンだろ。
女1   じゃああたしラーメン。
女2   みそラーメン、いくら?
女3   あれ、だってユウト君のおごりでしょ? 
女2   そうだそうだ、じゃあ、みそチャーシューにしようかなあ。
男1   あ、俺もそれでいい。
女3   なんたって、ユウトんち、お金持ちだから。
女2   ばあやまでいるって話よ。
女1   ばあや?
男1   なんだそれ?
女2   夜になると、トイレについてってもらうんだって。
ユウト  ちがう……
男1   おい、なんか言ったぞ……
女2   なあに!
ユウト  いえ、何でも……
男1   お坊っちゃんはいいなあ、俺なんか、汚ねえラーメン屋なのにさ。
女1   ちょっと邪魔なのよね。
ユウト  すいません。
女2   注文、覚えた?
ユウト  えーと……
男1   頭悪いんじゃないの?
女1   そう言えばさ、ユウト、世界史十二点だって。
男1   なんだ、記憶力悪いんじゃん。
女2   しょうがないね。
女3   ねえねえ、シャツに書いてあげたら、マジックあるよ。
女1   そうねえ。
男1   注文、繰り返してみろよ。
ユウト  ええと……
女2   なに、言えないの?
       ユウトを弄ぶ四人(決してやりすぎないように)
        ナイフを出すユウト
       悲鳴を上げる五人
ユウト  ぶっ殺す!
       そのとき開かなかったはずの戸から烈風とともにセイコが登場
       照明、現実に戻って
       風の勢いで、ユウトはナイフを取り落とす
       すかさずナイフを拾うフミエ
セイコ  すごい風だわ……あら、皆さんどうかしたの? 恐い顔で。
アキ   なんだ、開いてんじゃない。
サトミ  しまった、いくらでも逃げられたのに。
アキ   ちゃんと鍵はずさないからよ。
セイコ  あなた、何物騒なもの持ってんの?
フミエ  この子が、振り回すから。
        セイコ、ナイフを取り上げて、自分の左手首に刃を当てる
全員   あ!
        セイコは平然としている
セイコ  あなた、何でこんなもの持ってんの?
ユウト  護身用……
セイコ  ハハハ、学校で護身用ナイフ、ふざけてる。
ナオキ  脅かすなよな。(たばこに火をつけようとする)
セイコ  (たばこを取り上げて)いい加減にしなよ。
サトミ  かっくいい!
ナオキ  返せよ。
セイコ  あんたたばこ臭いよ、制服も、髪も、吐く息も。
アキ   改めて言われると本当臭いよね。
ナオキ  消えないんだよ、この臭い。
サトミ  だったらやめればいいじゃない、たばこなんて。
ナオキ  たばこの臭いじゃない!
セイコ  屋上にでも出て、その服脱いできたら。何なら消臭スプレーも貸すわよ。
ナオキ  消えないんだよ、これ、消えないんだよ。たばこ吸って消そうとして、それでも臭い臭いって、
セイコ  気持ちが晴れるわよ、屋上に出てご覧なさい。
ナオキ  だって、屋上出たら先生に怒られるだろ。
サトミ  ハハハハ……たばこ吸って退学になりそうなやつが、屋上出て先生に怒られるのが恐いってさ。
ナオキ  笑うな……笑うな……俺を笑うな。
アキ   怒ったの?
セイコ  いい眺めよ、ちょっと風が強いけど、海が見えるの。この学校から海が見えるなんて知らなかったでしょ。
サトミ  ほんと?
アキ   ねえねえ、見に行こうか。
ナオキ  ダメだ、ダメだ、屋上は、いっつも閉まってるじゃないか。たばこを吸うからなんだ、生徒がたばこを吸うから、だから先生が鍵をかけて、開かないようになってるんだ。
サトミ  ナオキ、どうしちゃったの?
セイコ  意気地がないのね。
ナオキ  うるさい、わかってたまるか。
セイコ  あなた達、踊りの練習してるんでしょ。
アキ   あれ、どうして……
セイコ  だって、聞こえたもの、音楽
アキ   あ、そっか。
セイコ  こんな狭苦しいところじゃどうにもならないじゃない、屋上で練習すればいいのよ。
アキ   それもそうね。……サトミ、そうしようよ。
サトミ  う、うん……
セイコ  あなた達どうして踊るの?
アキ   え……どうしてって、踊らなきゃならないから。
セイコ  発表なの?
アキ   ええ、まあ。
アキ   本当は踊れないんだ、へたっぴいで。
サトミ  特にあんたはね。
アキ   うるさいわね。
セイコ  教えてあげる、一緒に踊ろう?
アキ   もう間に合わない。
サトミ  みんなに言われるのわかってるんだ。
セイコ  それでも踊らなきゃいけないの?
アキ   踊るしかないの……あたしたち。
セイコ  え?
サトミ  あたし達、ここで踊るしかないの。
セイコ  そういうこと……
アキ   あなたにわかるの?
セイコ  わかるよ、だって同じだもの。
サトミ  何が同じなの。
セイコ  あたしも、踊るしかなかった。ここに居続けるしかなかった。この埃っぽい現実にね。でも、あたしは解放されたわ。あなた達とは違う。うじうじうじうじ言ってる、あなた達とは違う。
アキ   発表があるの、体育で、あたし達が戻ったときに。
サトミ  もう終わってるよ。
アキ   サトミ……
サトミ  無駄なんだよ。
アキ   なにそれ、踊らなきゃって言ってたの、サトミじゃないの。こんなにがんばったのに、無駄ってことないじゃない。
サトミ  ここでしか踊れないって言ってるの。もう戻れないって言ってるの!わかってるくせに訳わかんないこと言わないでよ!
セイコ  ワンツー、ワンツー、ワンツースリーフォー
       繰り返すセイコ
       次第に乗ってくるサトミとアキ
セイコ  ねえ、楽しいじゃない。やっぱりここじゃ狭いわよ。屋上に出て、思いっきり踊ろうよ。
サトミ  アキ……ごめん……
アキ   バカ……
サトミ  行ってみようか?
アキ   待って、いいんだけど、あたし……
ナオキ  ダメだ、行くな、みんな、先生に怒られる。
サトミ  なに……
セイコ  ほら早く……鐘鳴っちゃうよ。
アキ   あたし、ここでいい。なんかさあ、そっち行っちゃったら、もう、戻って来れなくなっちゃうような気がして。
サトミ  もういいよ
セイコ  意気地がないのね。
アキ   なに?
フミエ  あなた、誰?
セイコ  あたしはセイコ、今日も授業さぼっちゃった。
フミエ  三年?
セイコ  そう…受験受験……
フミエ  大学ですか…
セイコ  そうね……
アキ   あたしも狙ってるかんね。
サトミ  出席日数足りないでしょ。
アキ   休んでないもん。
サトミ  同じことよ。
フミエ  いいんですか、授業さぼって、こんなことしてて。
セイコ  あなたは、あなたはいいの、こんなことしてて。
フミエ  あたしは大学行かないから。
セイコ  大学行かない人はサボってていいの?
フミエ  そうじゃなくて、どうしたらいいのかわからなくって。
アキ   この人、ずっと保健室にいるの。教室行ってないの。
フミエ  ……
セイコ  みんなと同じにしなきゃいけないって、そう思ってるんでしょ。
ユウト  そうじゃない。
セイコ  なあに?
ユウト  みんなと同じにしていないとダメなんだ。同じにしなきゃって思ってるわけじゃないんだ。目立たないように、息をひそめてるんだ。
セイコ  くだらない…
ユウト  そうなってるんだ、友達も、先生も、学校も。
セイコ  あなた、自分でそう思いこんでるだけ。
ユウト  違う!
セイコ  違わない。
ユウト  だって怒られるじゃないか、白い目で見られるじゃないか、バカにされるじゃないか。ダメなんだよ、言うこと聞かないと、格好つけてるって、そう言われるんだ。
セイコ  屋上、出てみる?
ユウト  え?
セイコ  海が見えるのよ、知ってた? あなたが住んでる町が全部見えるの。見たことある?少なくとも、この空を見れば、自分は人とは違うって、実感できると思う。だって、この風景、誰も知らないんだもの。海はね、毎日色を変えるのよ。雨が降っても、台風が来ても、同じ時間割で、同じ先生で、同じ顔の青ざめた受験生とは全然違うわ。 今日には今日の新しい風景があるの。
ユウト  ……
セイコ  さあ……行きましょう、みんなも……お弁当ないの?ちょっとしたピクニック気分よ。あたしなんか、毎日ここでお弁当食べてたんだから。
サトミ  ねえ、行ってみようよ。
アキ   あたしは……いい。
セイコ  行こう
サトミ  ちょっと行って来る。
アキ   サトミ……
セイコ  君、名前なんて言うの?
ユウト  ユウト……
セイコ  一緒に、行こう。毎日毎日、こんなゴミだめみたいなところで隠れてるんでしょう?たまにはおいしい空気を吸わなきゃ。逃げるんなら、ほらこっちに。
ユウト  変われるのか?
セイコ  変われるよ。
ユウト  絶対か?
セイコ  当たり前じゃない。ほかの人たちには出来ないことだもの。
フミエ  待って! あたしは、あたしは大学行かないって、自分で決めたの。友達はみんな大学を目指してるし、先生も、親も、おまえは大学へ行けって、もったいないって。でも、あたしは、自分で、そうじゃない道を選んだの。これでも、あたしは、同じ顔、同じ顔なの?
セイコ  それで、あなた教室入れなくなったの。そうでしょう、自分だけが違う顔になったから、その重圧に耐えられなくなったんでしょう?
フミエ  ……
セイコ  だとしたら、同じことよ。あなたはやはり、みんなと同じ顔でいないと、まともな生活が送れないのよ。そうじゃないの?
フミエ  違う、あたしは違う!
セイコ  さあ、あなたも、本当の顔を見つけなさい。私と一緒に。
      「How Can I Keep From Singing」が静かに流れる
セイコ  (以下のセリフは、次第に残り5人によって、交替で語られ、それは重なり、重複し、重層的に語られていく)
      戦わなきゃ、そう思っても、いざ人前に出るといつもの弱い自分しかそこにはいない。なんて意気地がないんだろう。今度こそ、って言葉をあたしは何度つぶたやいたことだろう、もうだめかもしれない。そんなときはいっつもここへ来る。ここはいろんなものがごちゃごちゃ置いてあって、変に落ち着くのだ。誰も来ないし、誰からも干渉されない。でもそんな時間はいつまでも続かない。やがて始業のベルが鳴り、あたしはあの教室に戻らなければならない。いやだ、戻りたくない。そう思ったとき、いつもは鍵がかかっている屋上に出るドアの鍵がはずれていて、戸が少し開いていることに気づいた。あたしは恐る恐る近づいた。鐘が鳴った。でもそんなことはもうどうでもよかった。教室にはいるくらいなら、屋上でゆっくりと空を眺めていた方がいい。授業がいやな訳じゃない。先生が嫌いなわけでもない。いじめられるって訳でもない。でも、あの同じ視線がいやだ。笑い声がいやだ。見たくない、聞きたくない。いいお天気だ。海が見える。学校から海が見えるところがあるなんて今まで知らなかった。誰もそのことを教えてはくれなかったし、おそらく先生も知らないのだろう。 なぜ、こんないい場所に鍵をかけておくのだろう。ここを開放すれば、あたしのような人がみんな救われるのじゃないかと思う。空気がおいしい、海が見える。ここに来さえすれば、教室に行かなくてもいい。あの、侮蔑に満ちた視線にさらされなくていい。鐘が鳴った。そうだ、さっきのは予鈴だったんだ。授業が始まる。あたしは海を見ている。なんてすてきなことなんだろう。誰かがやってくる、あたしを追いかけて、誰かがやってくる。見つかったのかしら。この場所を見つかったら、あたしの居場所はもうどこにもなくなってしまう。また永久に鍵がかけられてしまう。逃げなければ、隠れなければ。永遠の場所、そうか、飛べばいいんだ。あの、表情豊かな海と空に向かって、あたしは飛べばいいんだ。
        セリフの後半から音楽が高く鳴り、セリフは十分には聞こえなくなる。
        セリフに合わせて、セイコは屋上から身を投げる、
        それを受け止めるのは数名の黒子たちと、例の五人である。
        静かに消えていくセイコ
        鐘が鳴る
        舞台が明るくなる
        ユウトが必死で扉の鍵を揺する。しかし開かない。
        サトミが手伝ってで扉を開けようとする。しかし開かない。
フミエ  あたし、行くね。
サトミ  戻るの?
フミエ  ええ、次体育だから、急いで着替えないと、先生遅れるとうるさいじゃない。
サトミ  だって、全校集会じゃなかったの? 誰も教室いないって、さっき。
フミエ  今戻れば、みんないるような気がする。
サトミ  え?
フミエ  見えてなかったのよ、あたし、きっと、逃げてたんだと思う。
アキ   そう……。
サトミ  ねえ、一緒に残らない。海見ようよ。
フミエ  そこは開かないのよ。開かないんだから、戻るしかないじゃない、あたしたち。
アキ   そうね。
フミエ  じゃあ……
アキ   じゃあ。また……
フミエ  ごめん、もうここへは来ない。
アキ   そう……
フミエ  自分の顔見つけなきゃ。
        戻っていくフミエ
アキ   ねえ、誰か死んだのかなあ。
サトミ  どうして。
アキ   だって、静かじゃない、いつもより。
サトミ  そう?
         耳を澄ます二人
         二人を見つめるナオキとユウト
サトミ  教室、入りたいね。
アキ   みんな、本当は待ってるのかもね。
サトミ  だといいね。
アキ   ねえ。(男の子たちに)一緒に踊らない?
         突然フミエが戻ってくる、泣き頽れるフミエ
アキ   どうしたの?
フミエ  ないの……
アキ   なに?
フミエ  あたしの教室が、ないの。

         重要な間

サトミ  迷ったのね、あなたも。
アキ   一緒に踊ろう。ね、みんなも……もう、それしかないんだから。
サトミ  踊ろう…
アキ   OK!
サトミ  ミュージック、スタート!
        音楽ははじめの時のような華やかな音楽ではなく、スロースピードで響き、動きも以前のように速くはない。              四人は一様に白いマスクをつけ、溶暗する中、静かに踊る。                                                                               (幕)

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