登場人物
壮ワタル・・・・・・・遠藤 大輔
ワタル・・・・・・・・松本 悠希
ハム太・・・・・・・・菅野 真紀
ノリオ・・・・・・・・川村 遥
ヤンチャ・・・・・・・早坂 千尋
おじさん・・・・・・・遠藤 大輔
上演記録 二〇〇三年十月二十五日（土） 本吉町はまなす文化タウン
のどかな風景
ノリオ 逃げろー
ワタル ハム太が捕まった！
ヤンチャ ハム太の奴、太りすぎなんだ。
ワタル 助けに行こう。
ヤンチャ 俺達も捕まっちゃうぜ。（柿を食う）
ワタル 食ってる場合かよ。
ヤンチャ ゲー、渋柿だ、これ・・・
ワタル バカ。
ノリオ 何やってるんだよ。（戻ってきて）
ワタル ハム太が捕まったんだよ。
ノリオ チッ・・・ヤンチャ、その柿食ったのか？
ヤンチャ 盗もうって言ったの、ノリオじゃないか。
ノリオ バカだな、渋味を取ってから食うんだよ、そんなことも知らねえのか、バカ。
ヤンチャ バカって言うな、バカ・・・・・・チクショー・・・（柿を吐き出しながら）
ワタル ハム太・・・
ノリオ ハム太・・・
ハム太 （泣きべそをかいている）
ヤンチャ 少し痩せねえとな、ハム太。
ワタル よせよ。
ハム太 （泣き出す）
ヤンチャ チェッ・・・
ノリオ ヤンチャ、どこ行くんだ・・・
ヤンチャ 帰る、もう、口ん中渋くって。
ワタル ハム太に謝れよ。
ヤンチャ 何でだよ。
ワタル ひどいこと言ったじゃないか、僕らの代わりにハム太が捕まったんだぞ。
ヤンチャ 脚が遅いからだよ。
ハム太 （大声で泣く）
ノリオ ヤンチャ、よせ・・・
ヤンチャ なにを・・・
ワタル ヤンチャ！
ヤンチャ 分かったよ・・・・・・あっかんべー・・・・・・
ワタル ヤンチャ・・・
ヤンチャどこかへ行ってしまう。
ワタル ハム太、泣くなって・・・さ、行こう。
ノリオ ハム太君、今日の収穫は？
ハム太、ポケットや、お腹のところから、渋柿を出す。
ハム太 へへへ
ノリオ さすが・・・
ワタル ハム太、お前の戦利品だ、全部やるよ。
ハム太 いいよ、二人にやるよ。はい。
ノリオ じゃあさ、うちのおかあに渋味抜いてもらうから。
ハム太 どうやるの？
ノリオ 焼酎に浸けとくらしいんだ。
ワタル それ食ったら、酔っ払ったりしないの？
ノリオ 大丈夫さ。
ワタル でも、柿のことはどう説明すんのさ。
ノリオ ハム太からもらったって言うよ。
ワタル その先だよ、ハム太君はその柿をどうしたの、って聞いてくんだろう？
ノリオ ハム太君に聞いてよ、って言うさ。
ワタル ハハハ、うまく行くかな。
ノリオ 大丈夫さ。
ワタル ノリオはいっつも「大丈夫さ」だな・・・
ハム太 ヤンチャの奴、どこ行っちゃったんだろう・・・
ワタル ヤンチャの奴・・・
ノリオ 一人で渋柿食らって、いい気味だ。今頃口ん中カサカサになってるよ。
ワタル 行くか。
ノリオ よし、四時集合だ。
ハム太 いいよ。
ワタル じゃあ、また後でな。
廃材置き場にヤンチャが来ている。
そこへハム太がやってくる。
ハム太 やあ。
ヤンチャ あ・・・
ハム太 家の倉庫にこんなものがあったんだ・・・
ヤンチャ なんだい？
ハム太 望遠鏡・・・
ヤンチャ 格好いい・・・
ハム太 でも、レンズ割れちゃって、使えないんだ・・・
ヤンチャ でも、格好いい・・・そうだ、ハム太、これ見張り台にしよう。
ハム太 でも、レンズないんだよ。
ヤンチャ 気分だよ、気分、なんか秘密基地みたいで、格好いいじゃん。
ハム太 秘密基地？
ヤンチャ そう、秘密基地・・・貸せよ・・・ええと・・・こうやって・・・よしと・・・これなら
よく見える・・・
ハム太 うん、格好いい・・・
ヤンチャ 俺が見張り番だ、ハム太はそこで、秘密のミサイルを作る。
ハム太 ミサイル？
ヤンチャ ああ、そうさ、ミサイル作って、柿の木めがけて、ドカーン・・・
ハム太 格好いい・・・
ヤンチャ ハム太・・・さっきはごめん・・・
ハム太 ハハハ、別にいいよ、僕、のろまだから・・・
ヤンチャ 本当にごめん・・・へへへ・・・おお、敵機襲来、敵機襲来・・・
ハム太 何だ、何だ・・・
ヤンチャ ノリオだよ・・・
ノリオ 何だよ敵機って・・・
ヤンチャ これ、格好いいだろう・・・
ノリオ 望遠鏡じゃないか・・・
ヤンチャ ハム太が持って来た。
ノリオ 覗かせろよ。
ヤンチャ でも、レンズないんだ。
ノリオ なんだ、役に立たないじゃないか・・・
ヤンチャ 気持ちだよ、気持ち・・・ワタル、遅いな・・・
ノリオ あいつ、最近塾行ってないって、ばれちゃって。
ハム太 ワタル君来ないの？
ノリオ 来るさ・・・あいつのことだもの・・・
ヤンチャ ・・・雨・・・
ノリオ サンセイウだ！ 全員、避難！
ヤンチャ （サイレンを声真似して）全員避難、避難命令！
ハム太 （転んで）イタ！
ヤンチャ ノリオ隊、ノリオ隊、ハム太を救出せよ。
ノリオ 了解！ ノリオ隊、ハム太隊の救出に向かいます。
ヤンチャ サンセイウだ、サンセイウだ・・・
ハム太 （泣きべそをかいて）汚れちゃったあ・・・
ヤンチャ ヤンチャ隊、ただ今より、ワタル隊の救出に向かいます。
ノリオ バカ、止せ、サンセイウだぞ。
ヤンチャ 酸性雨な訳ねえじゃねえか・・・今日は降水確率七十パーセントだぜ・・・よおし、雨の
中を前進前進！
ノリオ （望遠鏡を覗いて）ヤンチャ隊、ワタル隊救出のため、サンセイウの中を進軍中！
ハム太 ヤンチャ・・・風邪引くぞ。
ヤンチャ 大丈夫大丈夫・・・
傘を差したワタルが立っている。
ヤンチャ ワタル・・・遅いぞ・・・ワタル隊救出完了、これよりヤンチャ隊は食糧補給に向かいま
す。
ワタル どこ行くんだ？
ヤンチャ ジュース買って来る。
ワタル 傘持ってけよ。
ヤンチャ たいしたことないさ、こんな雨。
ノリオ ・・・遅かったな・・・
ワタル ああ、塾のことで、叱られた。
ハム太 やっぱり・・・今日はいいの？
ワタル 今から行くよ。
ハム太 遊ばないの？ 秘密基地作ったんだ。
ワタル 秘密基地？
ノリオ レンズのないこの望遠鏡で敵を見張るんだ・・・ヤンチャがおおはしゃぎだよ。
ワタル それであんなこと・・・
ハム太 ワタル君、サンセイウだよ、こっち来ないと・・・
ワタル サンセイウ？
ノリオ ほら、テレビでやってたじゃないか、サンセイウ。
ワタル 車の排気ガスが原因だろ？
ハム太 そうなのか？
ノリオ そんなとこだ・・・
ワタル 木が枯れたり、魚が死んだりするんだ。
ハム太 そうなのか？
ノリオ そんなとこだ・・・
ハム太 ワタル君は頭がいいなあ。
ノリオ ばか、テレビでやってただろ？ 誰が見ても分かるよ。
ハム太 僕は知らなかった。
ノリオ ニュース見なきゃ、な、ワタル・・・
ワタル ああ・・・サンセイウなのかな・・・この雨・・・
ノリオ そんなことないよ・・・遠い未来の話だろ・・・サンセイウなんて・・・
ワタル そうだといいんだけど・・・
雨の音激しく・・・
ヤンチャ、戻ってくる。
ヤンチャ ほら、ジュースだ・・・へへへ
ハム太 ヤンチャ！ びしょぬれじゃないか・・・
ヤンチャ へへへ、こんなに強くなるとは思わなかった。
ワタル だから傘持ってけって・・・
ヤンチャ 平気だよ、このくらい・・・ほら、みんなの分だ・・
ノリオ やけに気前いいじゃねえか・・・
ヤンチャ へへへ・・・
ハム太 どうしたんだよ・・・
ヤンチャ 今日さ、俺の誕生日なんだ・・・
ワタル あ・・・
ノリオ ふうん・・・いくつになった・・・
ヤンチャ ばか、一緒だろ。
ノリオ おお、そうでした。
ワタル 早く帰ったほういいんじゃねえのか、誕生日だろ・・・
ヤンチャ へへへ・・・誰もいないんだ、今日・・・
ノリオ お父さんも、お母さんもか？
ヤンチャ へへへ・・・別に関係ないんだけどさ・・・今日、いろいろ話し合うらしいんだ。
ワタル あ・・・そうか・・・なにも、こんな日に話し合わなくたっていいのにな。
ヤンチャ それで、みんなで、祝ってくれよ・・・俺の誕生日。
ノリオ そういうことか・・・
ハム太 へへへ、ヤンチャ格好いい・・
ヤンチャ バカ、格好悪いって言うんだよ、こういうのは・・・しょうがねえなあ。
ワタル よし、乾杯しよう・・・
ノリオ でもさ、ヤンチャのおごりってのは変な話じゃねえか。
ヤンチャ いいんだ、今日お金いっぱいあるんだ・・・一人でご飯食っててもつまんねえしな・・・
お菓子も買ってきた・・・
ワタル ああ・・・
ハム太 ハッピーバースデー、トゥーユー
みんなでテレながらハッピーバースデーを歌う。
ワタル 雨上がったぞ。
ノリオ サンセイウじゃなかったのかな。
ヤンチャ サンセイウ・・・
ノリオ おまえ、塾・・・
ワタル そうだ、いっけねえ・・・じゃあな、またな・・・
ヤンチャ ワタルは塾って柄じゃねえのにな・・・
ノリオ お前だって塾って柄じゃねえよな。
ヤンチャ なんだよ・・・お前だって・・・
ハム太 ノリオ君は、塾って柄だよ。
ヤンチャ 何だよ、その柄ってえのは・・・そんなんで決められてたまるか・・・ハム太、おめえは
何だよ。
ハム太 僕だって、ぜんぜん柄じゃないよ。
ヤンチャ そうだよな。
ハム太 だめなのかな、僕達・・・
ノリオ 何が・・・
ハム太 勉強嫌いだし・・・柿盗むし・・・塾って柄じゃないし・・・
ヤンチャ バカ・・・何言い出すんだよ。
ハム太 だって家帰れば勉強しなさい、勉強しなさいって。
ノリオ いいんだよ適当で・・・
ハム太 僕、のろまだし、バカだし・・・（泣きながら）
ヤンチャ 何泣いてんだよ、バカ！
ハム太 バカって言うな、バカ。
ノリオ やめろよいい加減・・・
ハム太 明日から塾行かされるんだ・・・
ヤンチャ ハハハハハハ
ハム太 笑うな！
ヤンチャ 確かに塾って柄じゃねえよな・・・ノリオ・・・
ノリオ そりゃあ深刻だ・・・
ハム太 秘密基地、来れなくなっちゃうよ。
ノリオ そりゃ困るよ・・・
ヤンチャ ワタルみたいにさぼりゃあいいんだよ。
ハム太 そうはいかないよ。
ノリオ 困ったなあ・・・あ、雨・・・
ヤンチャ また降ってきやがった。
ハム太 ごめん、僕のことで・・・
ノリオ 今日は帰ろうぜ。
ヤンチャ ああ・・・ハム太、帰って勉強だ！ 塾行かなくともいいようにさ。柄じゃねえんだから。
ノリオ 元気出せよ、みんな！
ヤンチャ 俺は大丈夫さ。
ノリオ 大丈夫さ・・・
ハム太 大丈夫さ・・・
ノリオ ハハハハハハハ・・・・
ヤンチャ やっベー、帰るぞ・・・
激しく雨。
次の日 ノリオが一人でやってくる。椅子を直したり、望遠鏡を覗いたりする。
時々時計に目をやりながら、ため息をつく。
ノリオ みんな来ないのかなあ・・・
ハム太がやってくる。
ノリオ ハム太！
ハム太 やあ。
ノリオ 塾いいのか？
ハム太 六時からなんだ、まだ大丈夫・・・
ノリオ お前行きたいのか・・・塾・・・
ハム太 まさか・・・
ノリオ だよなあ・・・俺、どうすっかなあ・・・
ハム太 なあに？
ノリオ みんな塾塾って、俺だけ取り残されてさあ。
ハム太 ヤンチャがいるじゃないか。
ノリオ そういうことじゃないだろ・・・つまんねえな。
ハム太 つまんねえな。
ノリオ バカ・・・
ハム太 バカって言うな、バカ・・・
ノリオ ワタルのやつ、塾行ったかなあ・・・
ハム太 ヤンチャ、遅いね・・・
ノリオ 帰ったんじゃねえか・・・風邪ひいた・・・って言ってた。
ハム太 つまんないなあ・・・
ノリオ ワタル・・・
ワタル やあ・・・
ハム太 元気ないね、ワタル君。
ワタル ああ・・・いや・・・ヤンチャは？
ノリオ 帰ったみたいだ・・・
ワタル あいつ、体育館の裏にいたぜ。
ノリオ そう・・・
ハム太 呼んでこようか。
ノリオ いいよ・・・ワタル、お前、いいのか、今日は・・・
ワタル 昨日行ったから、今日はいいよ。
ノリオ そうでなくっちゃ・・・
ハム太 お腹すいたね。
ノリオ バカ・・・
ハム太 何だよ・・・
ワタル これ食っていいぞ。
ハム太 ありがとう・・・
ノリオ しょうがねえなあ・・・
ハム太 何が？（パンを食いながら）
ヤンチャが何かを持ってくる
ヤンチャ これ、体育館の裏に落ちてた。なんか使えそうだから。
ハム太 ヤンチャ、それで体育館の裏にいたのか。
ヤンチャ なんだ、見てたんなら、手伝えよ、バカ。
ハム太 何だよ、ワタル君に聞いたんだよ。（泣きながら）
ノリオ そんなことで泣くなよ、バカ。
ハム太 バカって言うな、バカ。
ヤンチャ おい、そこは俺の場所だぞ、どけよ。
ノリオ チェッ。
ヤンチャ ヤンチャ隊、ただ今見張りを交代しました。
ハム太 ヤンチャ隊、ヤンチャ隊、何か見えますか。
ヤンチャ ええ、ハム太のお母さんが見えます。
ハム太 ゲ！
ワタル 貸してみろ・・・なんだ、何も見えねえじゃねえか。
ヤンチャ いいからよこせって・・・来ました、来ました、ハム太のお母さんが、ものすごい勢いで
こちらに向かっております。戦闘態勢、戦闘態勢。ノリオ隊、ワタル隊配置に付け！
ハム太 なんだよ、なんだよ。
ワタル 了解！・・・・ハム太のお母さんから、ハム太を守ります。
ノリオ 了解！・・・・ハム太を塾から守ります！
ヤンチャ 接近接近、異常接近、警戒せよ、警戒せよ。
ハム太 みんな・・・・
ヤンチャ ワタル隊、ワタル隊、バリケードを築け。
ハム太 ヤンチャ・・・
ワタル 了解！
ヤンチャ ワタル隊、急げ、バリケードだ、急げ、急げ。
ノリオ 攻撃準備完了！
ヤンチャ 攻撃開始！
ノリオ ノリオ隊、突入します！
戦闘シーン
ヤンチャ ノリオ隊撃沈、ノリオ隊撃沈、ワタル隊ノリオ隊を救出せよ、ノリオ隊を救出せよ。
ワタル 了解！ うわー！
ハム太 ヤンチャ！ ヤンチャってば！
ノリオとワタル戻ってくる。
ワタル ちょっと、悪乗りしたかな・・・
ハム太 （泣きべそをかいて）悪乗りしすぎだよ。
ノリオ お前が塾に行くなんていうから・・・
ハム太 しょうがないんだよ。
ヤンチャ 柄じゃねえぞ、いやだって言えばいいんだ。
ハム太 （泣き出す）
ワタル ハム太、ごめんな。
ノリオ お前はさあ、何で塾行かないんだ？
ワタル ・・・・・・
ノリオ 内は、塾通いたくても行かせてくれない。学校の勉強で十分だって。
ワタル こっちは塾だ、家庭教師だって必死だよ。
ノリオ うらやましいなあ。
ワタル そんなことないよ。お陰で遊ぶ時間もないじゃないか。
ノリオ 遊んでるじゃねえか。
ワタル そりゃそうだけど。
ノリオ お前みたいに頭のいい奴は塾行っとけよ。
ワタル なんだ、一緒に遊びたくないって言い方だよな。
ノリオ いやさ、ノリオ君みたいなお友達がいるからうちのワタル坊ちゃまが塾行かないで、遊ん
でばっかりで困りますわ、おほほほほ・・・なんていわれちゃたまんねえだろ。
ワタル 言われたのか。
ノリオ 例えばの話だよ・・・冗談冗談・・・言われたらそのとおりだって言い返してやるよ。
ワタル 悪いな・・・
ノリオ 謝るなよ。
ワタル ヤンチャ、どうした？
ヤンチャ ちょっと、疲れた。
ワタル 珍しいな、一番元気なのにさ。
ノリオ 大丈夫か？
ハム太 大丈夫か？
ヤンチャ ちょっと横になる。
ワタル ヤンチャ、どうしたんだ、その顔のブツブツ。
ハム太 エイズか？
ノリオ バカ、それ言っちゃいけないて、千代子先生に言われたばかりじゃねえか。
ハム太 ごめん・・・
ヤンチャ エイズかもしんねえな・・・熱あるみたいだし・・・
ワタル そんなこと言っちゃだめだ・・・エイズは血液の病気なんだって、千代子先生が言ってた
ろう・・・
ヤンチャ 冗談だよ、冗談・・・
ワタル 昨日の渋柿にでも当たったんだろ。
ヤンチャ ああ、そうかもな・・・今日は、先帰っていいか？
ハム太 ええ、ヤンチャ、帰っちゃうの？
ワタル しょうがないだろ、具合悪いんだから。
ハム太 でも、ヤンチャがいないと。
ノリオ ハム太、送ってけよ。
ハム太 うん・・・
ヤンチャ すまないな・・・でもいいよ、一人で帰れる・・・秘密基地、頼むよ。
ワタル ああ。
ノリオ あったかいもん食って、おかあちゃんに甘えるんだな。
ヤンチャ バカ・・・じゃあな。
ノリオ じゃあな。
ワタル じゃあな。
ハム太 じゃあな。
ヤンチャ帰る。
ハム太 ヤンチャが元気ないと、こっちまで元気が出ないよ。
ノリオ なにさ、散々いじめられてるくせに。
ハム太 いじめられてなんかいないよ。
ノリオ ベロベロバー！
ハム太 ノリオ君・・・
ノリオ さてと・・・ワタル、始めようか・・・それ、取ってくれよ・・・
ワタル ごめん、僕、塾行くよ。
ノリオ どうしたんだよ、急に・・・
ワタル サンセイウのこと・・・
ハム太 え？
ワタル サンセイウのこと、先生に聞いてくる。
ノリオ そんなことして、どうすんだよ。
ワタル 昨日の雨、酸性雨だったんだ。
ノリオ 酸性雨ていうのは、日本ではまだ大丈夫だって・・・
ワタル そんなことわかんないじゃないか・・・現にヤンチャだって。
ノリオ ただの風邪だよ。
ハム太 そうだよ、ただの風邪だよ。
ワタル そうかもしれないけど・・・でも、今日はもう秘密基地の気分じゃないんだ。
ノリオ まあな・・・
ハム太 僕も、そろそろ・・・
ノリオ やっぱり行くのか？
ハム太 だって・・・・・・
ノリオ まあいいさ。
ハム太 うん・・・
ノリオ （ワタルに）塾行って来いよ・・・そして先生に聞いて来いよ・・・サンセイウ。
ワタル そうするよ。
ワタル立ち去ろうとする。
ノリオ ワタル！ ・・・明日もここで・・・な。
ワタル ああ・・・（去る）
ハム太 じゃあね、ノリオ君。
ノリオ うん・・・（ゆっくり去る）
大人になったワタルが現れる。
壮ワタル あのワタル少年が、子どもの頃の私です。このとき、私は結局塾へは行きませんでした。
行かされているとしか思えなかったからです。それよりも私は、いろいろなことを空想する
のが好きでした。「サンセイウ」って、なんだろうって、考え出すともうイメージが膨らん
できて、勉強どころではなくなっていったのです。私たちが生まれた年は昭和五十一年です。
天安門事件が起きた年。ベトナムが一つになって、日本にはソ連のミグ戦闘機が着陸。アフ
リカではアパルトヘイトに反対する暴動。そんな年に私達は生まれました。
数日後 ノリオとハム太が基地の整備をしているところにワタルがやってくる。
ノリオ 分かったか・・・
ワタル うん・・・千代子先生に聞いてきた・・・・・・何だそれ？
ノリオ 作戦室さ。
ワタル 作戦室？
ノリオ 横になることも出来る・・・な、いいだろ。
ワタル うん・・・
ノリオ で、ヤンチャ、どうしたって？
ワタル 入院したらしいんだ。
ノリオ 本当か？
ワタル うん・・・
ノリオ やっぱり渋柿か？
ワタル まさか・・・
ノリオ 信じられない・・・
ワタル 今朝だって。
ハム太 お菓子買ってお見舞い行こうか。
ノリオ ばか、病人だぞ、食えるもんか。
ハム太 そうかなあ、おいしいのに。
ノリオ バカ。
ワタル お見舞いには行かないようにって、千代子先生が。
ハム太 え、なんで？
ワタル アレルギーの一種らしいんだけど、原因が分からないから、まだ近くに行けないんだって。
ノリオ うつる病気なのか？
ワタル それが分からないから、お見舞いはダメだって・・・
ノリオ そうか・・・
ハム太 治るよね。
ワタル ・・・何かしてあげられないかな。
ハム太 そうだよ、ヤンチャと遊びたいよ。
ノリオ ばか、お前の気持ちはどうでもいいんだよ、いまはヤンチャが問題だろ？
ハム太 そうだけど・・
ノリオ おかあさんに話さなくちゃ、ヤンチャのこと。
ワタル そうだな・・・
ハム太 ・・・・・・（涙ぐんでいる）
ワタル おい、何泣いてんだ？
ハム太 泣いてなんかない！
ワタル 行くぞ・・・
ノリオ バカだな・・
ハム太 バカって言うな、バカ！
ワタル やめろって・・・
数日後
夕暮れが訪れて
そこは病室、ヤンチャのベッドがぽつんと一つ。
ハム太 ヤンチャ・・・
ワタル 起こさないほうがいいのかな。
ハム太 でも、やっと会いに来たのにさ。
ノリオ おい、ヤンチャ・・・
ワタル おい、ヤンチャ、見舞いに来たぞ。
ハム太 ヤンチャ・・・（涙ぐむ）
ノリオ バカ、何泣いてんだよ・・・
ハム太 だって、ヤンチャ死んじゃったのかも・・・
ノリオ バカ！
ワタル ヤンチャ、起きてるか、みんな来てるんだよ。
ヤンチャ やあ・・・
ノリオ どうだ、具合は・・・
ハム太 あ！
ヤンチャ そうビビんなよ、うつる病気じゃないんだってさ。
ノリオ なんだ・・・見た目より元気そうじゃないか・・・心配して損したよ。
ヤンチャ ばあか・・・（咳）・・・俺、ひどい顔してるだろ？
ワタル ・・・・・・・・・・
ヤンチャ 食欲が全然ないんだ・・・
ハム太 ・・・・・・
ヤンチャ ハンバーグも、カレーも、さっぱり食べる気がしないんだぜ
ハム太 ぼ、僕が代わりに食ってやろうか・・・
ノリオ バカ、病人の食いもの奪ってどうすんだよ！
ハム太 そうだけど・・・
ヤンチャ いいんだよ、ノリオ・・・
ワタル 何の病気か分かったの？
ヤンチャ アレルギーの一種じゃないかって・・・原因がさ。はっきりしないんだ。薬も効かない。
飲んでも、ちっとも楽にならないんだ。
ワタル ・・・・・・
ヤンチャ あっちこっち検査しといて、やっぱり分かりませんってのはなあ・・・
ワタル 痛かった？
ヤンチャ まあな・・・このポツポツさ・・・かゆくってさあ、掻くと痛いんだ・・・（咳き込む）・・・・・・
咳が止まらなくなる・・・
ノリオ 大きい病院に移ったほうがいいんじゃないのか？
ヤンチャ （首を振って）これまでになかった新しい病気らしい・・・
気まずい沈黙
ワタル お母さん、来てるのか？
ヤンチャ 着替え取りに戻った。
ワタル そうか・・・よかったな・・
ヤンチャ ああ・・・
ワタル すぐ治るさ・・・だからご飯食えよ・・・な・・
ヤンチャ ああ・・・
ハム太 晩飯の時に来ようかな。
ヤンチャ （笑って）いいぜ。でもこのごろは、おかゆばっかだけど、それでもいいか？
ハム太 う・・・・・・
ノリオ バカ・・・
ヤンチャ 秘密基地・・・
ワタル ああ・・・
ヤンチャ 秘密基地、行きてえなあ。どうなってる？
ノリオ ヤンチャがいないと気分出ないよ。
ワタル ヤンチャには見張り台に立ってもらわないとな・・・攻撃されたらおしまいだ。
ヤンチャ ハハハ・・・（咳）
ノリオ おい、そろそろ・・・
ワタル そうだな・・・疲れただろ・・・
ヤンチャ ああ、ちょっとな。
ノリオ 帰ろう。
ヤンチャ ワタル・・・
ワタル 明日また来るよ。
帰路につく三人 真っ赤な夕暮れ
ハム太 （泣きべそをかいている）
ノリオ ハム太、泣くな・・・俺まで・・・
ワタル ・・・・・・タイムマシンがあればいいのになあ。
ノリオ 何だよ、いきなり。
ワタル タイムマシンがあれば、十年でも二十年でも先の世界へ行って来られるわけだろ。それぐ
らい先の世界ならきっと、今よりずっと進歩してるんじゃないかと思ってさ。ヤンチャの病
気なんか、ただの風邪みたいに簡単に治せるようになってるかもしれないじゃないか。
ノリオ ばっかじゃねえの。そんな先の世界でヤンチャの病気が治せたって、意味ないじゃん。ヤ
ンチャが病気になってるのは今なんだぜ。
ワタル 未来からお医者さんを連れて来るんだ。
ノリオ なんだって？
ハム太 やろう、僕、家から機械持ってくるよ、何が要るのか教えてくれよ。
ノリオ ばっかじゃねえの・・・タイムマシンなんて、あるわけねえじゃねえか。そんなのがあっ
たら、病気で死ぬ人なんて、今頃一人もいないはずだろ。
ハム太 そうだね。
ワタル ハム太はどっちにつくんだよ・・・
ハム太 どっちって言われたって・・・ヤンチャが治ってくれるなら、なんだって・・・
ノリオ お前らちょっと変だぞ。タイムマシンなんて未来の話だぞ・・・ついていけねえ・・・ば
っかじゃねえの。
ハム太 ノリオ君！
ワタルとハム太うなだれて帰る
数日後、倉庫にやってくるノリオ 一冊の本を取り出して読んでいる。
そこへハム太が、いろいろな部品を抱えてやってくる・・・
ハム太 ノリオ君！ どうしてたんだよ。さっぱり顔見せないじゃないか・・・
ノリオ ああ・・・
ハム太 何読んでんの？
ノリオ これさ・・
ハム太 「僕らのタイムマシン」・・・ノリオ君・・・
ノリオ 何もって来たんだ？
ハム太 モーターだよ。ワタル君と、二人だけでもタイムマシン作ろうって・・・ノリオ君も一緒
にやろうよ・・・あ・・
ノリオ ワタル・・・俺もやるよ・・・
ワタル へへへ・・・待ってたぜ。
ハム太 待ってたぜ・・・
ノリオ この本に、タイムマシンの作り方が書いてある・・・まず、電力が必要だ・・・自転車を
何とかしよう・・・
ハム太 家に自転車はないよ・・・
ノリオ 自分の使っちゃ、家にばれちゃうもんなあ・・・
ワタル ヤンチャの自転車ってのはどうだ？
ノリオ そうだ・・・よし早速今日行って見よう・・・
ハム太 僕は、何を持ってくるの・・・
ノリオ ハム太はタイヤだ・・・同じ大きさのタイヤを四本、取り付けるねじなんかも頼むぜ・・・
ワタル タイヤ要るのか？
ノリオ え？
ワタル だって、タイムマシンってのは時間の中を走るんだろ？
ノリオ 気分だよ、気分。ただの箱じゃ、格好悪いだろ？
ハム太 この本のタイムマシンにも、タイヤがついてるよ。
ワタル ほんとだ・・・
ノリオ な・・・この本の博士は、自分でタイムマシン作って過去に行くんだけど、微妙に歴史が
狂っちゃって、帰って来れなくなっちゃうんだ。
ワタル じゃあ、僕達もせっかく未来に行っても帰って来れなくなるってことか・・・
ノリオ そこだよ、俺は考えたんだけど、ヤンチャを過去に連れて行くってのはどうだ？
ハム太 え？
ノリオ ヤンチャが病気になる前の時間に行って、病気にならないようにするのさ・・・
ワタル でも、原因が分からないんだぞ・・・
ハム太 そうだ・・・一度未来に行って、原因を調べてくればいいんだ！
ノリオ だから、未来に行っちゃったら、戻って来れないかもって言ってるんだろ！ 過去なら、
そのままでもいいじゃないか。
ハム太 ヤンチャには会えるの・・・過去に行ったヤンチャと・・・戻ってこないんだろ・・・
ノリオ ヤンチャが助かるならいいんだろう・・・
ワタル なあ、戻ってこれるタイムマシン作ればいいんじゃないか・・・
ノリオ そうだな・・・ワタルの言うとおりだ・・・
ハム太 ・・・・・・
ワタル 急ごうよ・・・もめてる時間はないよ。
ノリオ そうだな・・・ワタル・・・設計図頼むよ・・・
ワタル うん、明日まで書いてくる・・・ノリオはどの時代に行くか計算だ・・・ハム太は・・・
ハム太 部品だよね・・・
ワタル ああ、明日設計図渡すから、それにあったものをかき集めてくれ・・・
そこは病院
ヤンチャ タイムマシンか、すげえな・・・俺も一緒に作りたかったなあ。
ワタル 治ったら、またなんだって一緒に出来るよ。
ヤンチャ ああ・・・俺の自転車、使ってくれよ・・・
ノリオ お母さんに話しといてくれよ、ハム太と二人で取りに行くよ。
ヤンチャ ああ・・・
ハム太 でもさ、本物が出来るかどうかはわからないんだよね。
ヤンチャ いいじゃねえか、本物じゃなくたって。でもさ、すごい、すごい偶然が重なって、本物の
タイムマシンが出来ちゃうかもしんないだろ、〇．〇〇〇〇〇一パーセントくらいの可能性
でさ。
ノリオ そうだな・・・
ヤンチャ 一つお願いがあるんだ。
ノリオ なんだい？
ヤンチャ タイムマシンが完成したら、最初に俺を乗せてくれよ。
ノリオ ああ、いいぜ。なあ、ワタル。
ワタル ああ、いいとも。未来がいいのか、過去がいいのか。
ヤンチャ 過去がいい。
ハム太 ええ、未来じゃないのかヤンチャ。だって、ヤンチャの病気・・・（口を手で押さえて）
ヤンチャ 未来になんか行ったりしたら、もしも自分が死んでたりしたらどうすんのさ。それよりも
さ、過去へ行って、元気だった頃の自分で、みんなと遊びたい・・・
布団にもぐるヤンチャ
パジャマ姿の四十歳くらいのおじさんが病室に入ってくる（あるいはベッドから起き
上がる）
おじさん タイムマシンか・・・いいなあ、おめえらが作ってんのかい？
ノリオ 関係ないだろ・・・
おじさん 関係なかぁねえさ。そんなものがあったら、一番先に乗せてもらいてえなあ。
ハム太 一番はヤンチャだよ。
おじさん なら、二番でもいいやね。
ワタル 未来に行きたいの？
おじさん いんや・・・俺が行くとしたらな、過去のほうさ。そうさなあ、二十年か三十年前くれぇ
の世界へ、ひょいと飛べたらありがてえねえ。
ノリオ さんじゅうねん？ そんな大昔へ行って何をしようってのさ。
おじさん なにをって、そりゃあ、いろいろやり直せるんじゃねえかと思ってよ。
ハム太 やり直すって、何を・・・
おじさん ・・・・・・三十年後の世界がどれくれぇひでえことになってるか連中に思い知らせてや
るのさ。「どうしてくれんだ！てめえらが好き勝手してくれたせいで、俺らが尻拭いさせら
れてんだぞ」ってな。
ワタル し・り・ぬ・ぐ・い ？
ハム太 尻拭いって、何、どういうこと？
おじさん ん？ なあに、いろいろだよ、ハッハッハ・・・ま、気にすんな、それより、タイムマシ
ン、楽しみにしてるぜ。第二号に乗せてくれよな・・・ハハハハハ
病室を出て行くおじさん（あるいは隣のベッドに横になる）
ヤンチャ 俺と同じ病気なんだ、あのおじさん・・・
ノリオ そうか・・・
ヤンチャ いつも言ってんだ。
ワタル 何？
ヤンチャ 尻拭いさせられてるんだって・・・
ハム太 どういうこと？ シリヌグイって。
ヤンチャ 俺にもわかんねえ・・・いっつも怒ってんだ・・・
ワタル シリヌグイ・・・
ヤンチャ ノリオ、二人乗りを作ってくれよ。
ノリオ そうだな・・・おじさんも一緒にな。
ワタル よし、早速取りかかろう・・・
ヤンチャ 楽しみにしてるぞ。
ワタル お前も早く良くなって・・・・秘密基地で待ってるよ。
ヤンチャ ああ・・・（布団にもぐるヤンチャ）
呆然と立ち尽くす三人
音楽とともに、タイムマシンを作る三人。
部品が次々と組み立てられ、電球や自転車の配線が進む。
（但し、次の場面は、役者の即興によって作られるため、台本通りとはならない。）
ノリオ ハム太、色塗り終わったか？
ハム太 もう少し・・・屋根は黄色でいいよね。
ワタル 黄色でいいさ。ノリオ、自転車と電球つないだぞ。
ノリオ 分かった、ワタル、こっち手伝ってくれ？
ワタル 何？
ノリオ 一番大事なところだ、年代を記憶させる装置・・・おじいちゃんの目覚まし借りてきた。
ワタル 借りてきたって、怒られるぞ。
ノリオ いいんだ、おじいちゃん寝たきりだから。
ワタル そっか・・・
ノリオ ワタル、配線頼む。
ワタル ああ・・・
ハム太 ノリオ君、ペンキなくなった。
ノリオ いいよ、色なんて、後から塗ればいいから・・・それより、屋根部分の取り付け金具つけ
てくれよ、ちゃんと開け閉めできるようにするんだぞ。
ハム太 大丈夫だよ・・・
ワタル 配線これでいいか？
ノリオ OKだ・・・もう少しだ・・・
ハム太 屋根ついたよ。
ノリオ こっちも大丈夫だ。自転車のダイナモにつないで・・・・・
（ここまでが即興台本となる）
ノリオ 完成だ！
ハム太 出来たの？
ノリオ うん・・・多分・・・
ワタル どきどきしてきた。
ノリオ 俺もだ。
ワタル ねえ、写真撮ろうよ。ヤンチャに見せなきゃ。
ノリオ うん。
ハム太 ここでいいかな。
ワタル ハム太、こっちだ。
ハム太 押すよ。
ノリオ せーの！
三人 はっしーん！
フラッシュがたかれて、一瞬暗転。そこは病院。
誰もいないベッドが、きれいに整頓されている。
ワタル あれ、ヤンチャは？
ハム太 ヤンチャの奴、退院したのか？
ノリオ なあんだ、治ったんじゃないか・・・
ワタル 病室変わったんじゃねえのか。
ハム太 そうだね・・・
いつの間にか例のおじさんがやってきて（あるいは起き上がって）
おじさん 間に合わなかったな・・・おめえらのタイムマシン・・・
沈黙
ワタル いつ！
おじさん 今朝だよ・・・あのやろう、ずいぶん頑張ったんだけどな・・・ひどい発作だった・・・
かわいそうに・・・あいつは何にも悪くねえんだ、何の罪もねえんだ・・・（去りながら）
ひでえもんだ、尻拭いさせられてよ・・・ひでえもんだ・・・ひでえもんだ・・・
夕日の中を秘密基地へ向かう三人
秘密基地 誰も口を開かない中、ノリオがタイムマシンの配線を点検し始める。
ハム太 何してるの？
ノリオ 決まってるだろ・・・これは何だよ、俺達は何を作ったんだよ。
ハム太 だって・・・
ノリオが黙って、タイムマシンの中に入る。
ハム太 ノリオ君、ヤンチャはもういないんだよ、未来から誰を連れて来たって、もう手遅れじゃ
ないか。
ノリオ そんなことはない。今日より前の世界に戻ってくればいいんだ！
ハム太 何言ってんだよ、さっぱりわかんないよ。
ノリオ だから！ ヤンチャが死んじまうより前の世界に戻ってくればいいんだよ、そうすれば、
もしかしたら今度は死なないですむかもしれないじゃないか。
ワタル そうか・・・何も今日めがけて戻って来なくてもいいんだ・・・未来に行って、お医者さ
んを連れて、昨日・・・いや、ヤンチャが発病する前の世界に戻ればいいんだよ。
ハム太 何言ってるんだよお・・・これは一人乗りじゃないか・・・
沈黙
ノリオ 大丈夫さハム太、未来に行けば、きっとタイムマシンの開発が進んでいる。二人くらい乗
れるさ・・・・・・・それがだめなら、お医者さんだけ乗せればいいことじゃないか。
ハム太 ノリオ君はどうするの？ 帰ってこれないよ。
沈黙
ノリオ お、俺は、ヤンチャが治るまで、未来で我慢するさ・・・お医者さんが戻ってきたら、帰
ってくるよ・・・・・大丈夫だよハム太・・・うまく行くって・・・ワタル、こげよ。
ワタル 出来ないよ・・・僕が行くよ。
ノリオ だめだ・・・俺が行く。
ハム太 ノリオ君！
ノリオ 早くしろ、早くこぐんだ、ワタル！
間
ワタル よおし！
自転車をこぐワタル。
タイムマシンに電気が通り、電気がピカピカ光り、うなり声を上げる。
ワタル 発進、発進、行け、行け！
ハム太 発進、発進、行け、行けえ！
爆発音とともに煙を噴出すタイムマシン・・・やがて電力が落ちていく。
ハム太 ノリオ君！
ワタル ノリオ！
自転車を降りて、タイムマシンに駆け寄る二人
屋根をあけると、ノリオが出てくる・・・
気まずい沈黙
泣き出すハム太、小さな声で三人が泣き出す中、夕方になり、暗転。
壮ワタル 私達は五年生になりました。私達が拠り所としていたあの秘密基地は、大人達に見つかっ
てしまい、危ないという理由で、立ち入り禁止になってしまいました。その頃、地球では環
境問題が大きく取り上げられるようになり、リサイクルやら、温暖化防止やら、小学生の私
達には難しい話が飛び交うようになり、ジュースの缶をいろいろと分けて捨てたりと、その
意味も分からずにやらされていたのです。
一年ぶりに廃材置き場にワタルとハム太がやってくる。
ワタル ハム太、お菓子。
ハム太 うん。お供えだ。
ワタル ここにしよう。
ノリオ おう、ごめんごめん・・・花買うの恥ずかしくって・・・
ワタル 何だ、その花・・・
ノリオ だめかい？
ワタル ばかだな、普通は白い花だろ・・・
ノリオ だって、きれいじゃないか・・
ワタル 死んだ人に供えるのは白い花って決まってんだよ。
ハム太 いいじゃないか、気持ちがこもってれば・・・
ノリオ ほれみろ・・・
ワタル ハム太に一本取られるなんて、思ってもみなかったよ。ハハハ。
ノリオ ハム太、おまえんちの修理工場さ、お前が継ぐんだろ？
ハム太 そんなのまだわかんないよ・・・でも、まあ、多分な。
ノリオ 俺さ、今決めた。ヤンチャの命日に、決意したんだ。
ハム太 なんだい？
ノリオ 俺これからうんと勉強して、発明家になる。
ハム太 発明家？
ノリオ うん、それで、いつか絶対、本物のタイムマシンを発明してみせる。正真正銘の本物のや
つをさ。そして、ヤンチャの病気を治せる医者を探して、連れて来るんだ。
ワタル それだったら、医者になったほうが早いんじゃないか。
ノリオ それじゃだめなんだ。今から医者になったって、ヤンチャを助けられない・・・・・・な
あ、ハム太、俺がタイムマシン発明したら、おまえんちの機械全部使って、それを組み立て
てくれよ。そうすれば、今の時代に戻ってきて、ヤンチャの奴に会える。病気だって治して
やれるし、秘密基地も復活だ。
ハム太 出来るのか、そんなこと。
ノリオ できるのかじゃなくて・・・・・・やるんだよ。
ハム太 ・・・・・・うん・・・
ノリオ それで、ワタルはさ・・お前は空想すんのが得意だし、作文もうまいだろ？今日のことや、
ヤンチャと遊んだ時のことを書きとめておいてくれよ。俺達が、この日のことを忘れないよ
うにさ。
ワタル うん・・・わかったよ・・・・・・いつか本物のタイムマシンが出来たらさ、あのおっち
ゃんが言ってたみたいに、ずっと昔の世界にも行こうな。
ノリオ しりぬぐいのことか？
ワタル うん、尻拭いって、一体何のことだったのか、この目で確かめなきゃ。きっと行こうな。
ノリオ うん。
ハム太 うん。
ワタル 絶対行こうな・・・
壮ワタル あれほど固く交わしたはずの約束が、やがて力を失っていくのはなぜなんでしょう・・・
あんなに強い思いが、いつしか薄れていってしまうのはどうしてなんでしょう。私達はヤン
チャとの思い出をかき消すように、いつも以上に一緒に遊びました。でも、何をやっても、
以前のように面白くはありませんでした。三人でいる寂しさよりは、一人でいる寂しさのほ
うが、まだましだと思えるほどでした。時は流れ、私達のあの日の約束は、次第次第に過去
のものとなって行きました。
ノリオは、私と同じく東京の大学に進み、量子力学の研究をしています。ハム太は工場を
ついで、美人の嫁さんと結婚し、子どもが二人もいます。私は・・・あいかわらず空想癖が
治らず、こうやって・・・・・・
ノリオ おい、ワタル。
壮ワタル え？
ノリオ ハム太もいるぞ。
ハム太 ワタル君・・・久しぶりじゃないか・・・
ノリオ ワタル・・・約束だ・・・
壮ワタル 約束？
ハム太 なんだい、忘れたのか・・・あの時の約束。
ノリオ おまえ、未来から来たんじゃないのか？
壮ワタル え？
ハム太 ワタル君・・・
ノリオ 完成したぞ・・・見てくれ、俺が発明した・・・これが、僕らのタイムマシンだ！
タイムマシンが現れる。
壮ワタル ノリオ・・・ハム太・・・これか・・・ずいぶん進化したじゃねえか・・・
ノリオ へへへ・・・
壮ワタル やったな・・・
ノリオ やったよ・・・
壮ワタル 乗せてくれるのか。
ノリオ ハハハ、四人乗りだよ・・・
壮ワタル 行くぞ・・・
ハム太 行くぞ・・・
ノリオ 発進！
ハム太 発進！
三人 僕らのタイムマシン！
光と音が交錯し、タイムマシンが、時間の中を飛んでいく。
突然音も光も消えて。
静寂
ワタル（声） ヤンチャ、聞こえてるか？
（幕）