利府高校演劇部 平成十二年度 宮城県中央大会上演台本
りゅうりぇんれんの物語（第三稿）
原作 茨木のり子
脚色 杉内浩幸
登場人物 連……………………内海 諒子
蘭……………………砂金明日香
少年…………………青野 早希
宋……………………関東芽久美
緑……………………内海麻知子
コロス………………亀山未知子 菊池 彩子
松浦 英子 菅野めぐみ
岸 和哉 関東芽久美
内海麻知子 岩間 央恵
真山 智子 青野 早希
T 強制連行
昭和十九年 九月 中国山東省
蘭 連、お昼はどうするの
連 帰りは何時になるか分からない。
蘭 早く帰ってきて、お腹の子が、動くの。
連 痛いか。
蘭 痛くない。でも動くの。
連 どれどれ。
蘭 ね、
連 俺には分からない。
蘭 早く帰ってきて。
連 分かったよ。途中楊おばさんに話して、顔を出してもらうようにするよ。
蘭 ありがとう。
蘭 でも、早く帰ってきて。
連 分かった、分かった。
蘭 連、連！ これを着て行かなきゃ。
連 いらないよ。
蘭 いいから、せっかく縫ったんだから、合わせてみてよ。
連 何だよ、襟がまだじゃないか。
蘭 時間がなくて……
連 やっぱりいいよ、今度着るよ。
蘭 この子のとお揃いなのよ。
連 まだ生まれてもいないのに。
蘭 ……
連 出かける。不幸があったってのに、遅れちゃ失礼だ。
蘭 外は寒いから。
連 いいよ、いらないよ、今度着るよ。
蘭 …………行ってらっしゃい。
連 ああ…
蘭 連！
連 何だよ。
蘭 名前考えておいて。
連 ああ。
蘭 男の子よ、きっと。
連 ああ…
連 行って来る。
蘭 行ってらっしゃい。
蘭が歌う中国の子守歌
歌声が響く中、連が歩いていく。蘭の歌う子守歌に軍靴の音が重なる。
日本軍に捕らえられる連
連 ユイラン！
コロス りゅうりぇんれん 中国の人
くやみごとがあって 知り合いの家に赴くところを
日本軍にさらわれた
山東省のツアオボという村で
昭和十九年 九月 ある朝のこと
コロス りゅうりぇんれんがさらわれた
六尺もある偉丈夫が
鍬を持たせたらこのあたり一番の百姓が
為す術もなくさらわれた
日本兵 「華人労務者移入方針」
日本兵 一つ 華人労務者はその契約期間を原則として二年とする。
コロス 実際は終身奴隷であった。
日本兵 一つ 食事は米食とせず、華人労務者の通常食を給するものとする。
コロス 食事はほとんど与えられなかった
日本兵 一つ 労務者に対し相当の賃金を支払い、残留家族に対し送金を考慮するものとする。
コロス 賃金は与えられず、送金などあるはずもなかった。
日本兵 一つ ………（次第に声は小さくなり）
コロス カレラニ親切心 或イハ愛撫ノ必要ナシ 入浴ノ設備必要ナシ 宿舎ハ坐シテ 頭上ニ、
二、三寸アレバ良シトス
荒波
奴隷船
鎖でつながれた中国人が狭い船倉に押し込まれている。
コロス 飛行場を作るために連れていくって言うが
一、二ヶ月すれば帰すって言うが
青島だ
青島だ
青島へ行くのだ
連 青島？
宋 信じられない
連 青島……
宋 嘘に決まってる、信じられるものか。
日本兵 配給だ、一人一つだ。
連 蒸しパン一つか……
宋 ペッ！ 堅くて食えやしない。
日本兵 誰だ…
日本兵 おまえか…（一人が銃剣で打たれる）
宋 （おれだ、その人じゃない。）
日本兵 なんて言ったんだ
日本兵 こいつだ…
日本兵 貴様、天子様からの配給を吐き捨てたな。
宋 （こんなもの食えやしない…黴が生えてるじゃないか。）
日本兵 黴が生えていると……
日本兵 取り上げろ…
日本兵 よこせ…おまえは三日間何も食うな。
宋 ……
連 （もうよせ！）
宋 （バカにしていやがる）
連 （我慢するんだ……）
日本兵去る
連 （俺の分を食え）
宋 （こんなもの食えるか）
連 （こうやって、少しずつ食べるんだ）
宋 ……
連 （このままじゃ飢え死にする…我慢するんだ）
宋 （すまなかった……逆らわなければ……）
連 （いいから…食え）
分け合って少しだけパンを食べる二人
中国人の一人がうめき声を上げてうずくまる。
宋 （どうした？）
連 （何だ、どうした）
宋 （様子がおかしい）
連 （おい、だいじょうぶか…・・）
宋 （ひどい熱だ、おい、日本人！ 水だ、水をくれ…）
連 （水だ、水を…）
宋 （水だ、この人が大変なんだ）
日本兵 うるさい、誰だ（銃剣で殴る）
連 （この人は弱っている、水だ、水が必要だ））
日本兵 こいつなんて言ったんだ
連 （頼む、お願いだ）
日本兵 こいつ死にかけてる。
日本兵 そういうことか…
日本兵 わかった、望みを叶えてやる。
日本兵 鎖をはずせ。
連 シェイシェイ、シェイシェイ
日本兵 おい、四二六番、こいつを連れ出せ。
連 シェイ？
日本兵 おいおまえも手伝え、四二七番！
宋 （殺す気だな）
日本兵 何か言ったか。
宋 （……）
日本兵 黙って言うことを聞け！（殴る）
日本兵 こいつをくるめ！
連 ……
日本兵 早くするんだ（殴る）
日本兵 縛れ……ゆっくり休ませてやるんだよ。
日本兵 甲板まで運べ。上等のベッドが待ってるぞ。
日本兵 早くやらんか、早く海に捨てるんだ。
抵抗する連と宋、殴る日本兵。
連 （まだ生きてるじゃないか）
宋 （なんてやつらだ）
連 （日本人、日本人！）
宋 （殺される、殺される）
日本兵 早くしろ！
日本兵 （銃を構えて）捨てろ！
連 うあ、うあ、うあ…・・
筵でくるまれた「仲間」をやむなく海に投げ捨てる二人。
笑う日本兵
泣き崩れる連と宋
波の音烈しく……
次の群読に従ってシルエットで演じられる
コロス 一行八百人の男たちは
銃剣つきの監視のもとで指紋をとられ
それは労役の契約を結んだということ
その裏は終身奴隷
そうして日本に着いた時の身分は捕虜だった
蟻のように首をのばした難民の群れ
「死の部隊」は北へ、北へと移動した
十月末には雪が降り、樹木が裂ける北海道の冬
そこは雨竜郡、昭和炭鉱
U 強制労働（冬の北海道）
炭坑での強制労働の様子、逃げだそうとする者へのリンチの場面
炭鉱から石炭を運びだす労働者、倒れる労働者、棒で殴られる労働者
監視員 日本は島国である。四面は海に囲まれておる。逃げようったって、逃げ切れるものか！
それでも逃げようとする二人の中国人労働者
追いかける監視員
その夜火のない宿舎で、吹雪の音
連 捕まったのか、あの二人
宋 ああ、殺されただろう
連 ひどいことをする
宋 …ひどい寒さだ……
連 門番が「ホッカイドウ」とかなんとか言ってた。
宋 ホッカイドウ？
連 ホッカイドウ…島だと言っている…
宋 うそだ、日本は大陸の地続きだ…島国なんて嘘に決まってる。
連 ああ……
宋 そうさ……日本は朝鮮半島の先っぽにくっついている半島だ…誰かに聞いたことがある。西
北へ、西北へと歩けば、必ずふるさとに…
連 そうだといいが…
宋 あいつら、俺達に逃げる気を起こさせないために嘘言ってるんだ。
連 どうするんだ…
宋 俺か……俺は逃げる…こんな所であいつらに殴り殺されるよりは、自由の身になって、捕ま
りそうになったら、あいつらを殺して俺も死ぬ。
連 そうだな…俺も同じ気持ちだ……
宋 どうした、連、故郷を思い出したか。
連 ああ……
宋 嫁さんか……
連 ああ……
宋 名は、、、名はなんていうんだ？
連 蘭…チャオユイラン……お腹に子供がいたんだ……
宋 それは辛いな……
連 出がけに喧嘩したんだ……蘭が、黒の綿入れを着て行けと…子供のと同じ生地で作ったと言
ってた…
宋 ……
連 襟がまだできてなくて、こんなの着られるかって…そう思って…今それが手元にあったら…
宋 帰れるよ、帰って、襟の付いた綿入れを着ればいい…ここへ着てきてたら、あの鬼どもに取
り上げられて終わりだ…
連 そうだな…
宋 ……（中国の子守歌を歌う）
連 …………宋にもいるのか、小さい子供が……
宋 ……俺には年老いた両親がいる……
連 女房は…
宋 ハハハ…日本兵に…ハハハ
連 子供もか……
宋 ……あいつらは少しも容赦しやしなかった。両親には、俺しかいない…
連 宋…
宋 なんだ…
連 逃げよう…ここから…
宋 ああ…
連 どうやって逃げる…
宋 おまえが言うように今はダメだ…この雪じゃあ、とても逃げ切れないし、足跡が残る…
連 春を待とう…
宋 そうだ…
連 方法は？ 何かいい方法はないか…
宋 便所だ…
連 便所？
宋 奴ら、夜になれば博打と酒でスキだらけだ…便所へ行くふりをして、肥溜めの汲み取り口か
ら柵の外に出るんだ…・・
連 ああ……
宋 春を待とう…この計画は誰にもしゃべるな…
連 ああ……
宋 どうした…
連 腹が減った…
宋 そうだな…
連 この寒さだ……
宋 ああ…
連 春まで生きていられるだろうか……
宋 おまえらしくない……
連 ああ……腹が減った…
宋 寝よう…明日も鬼どもにこき使われるんだ…
連 ああ……
宋 連……
V 脱走
コロス 空気にかぐわしさがまじり
やがて
花も樹々もいっせいにひらく北海道の夏
逃げるのなら今だ
雪もきれいに消えている
監視員 二人逃げたぞ…
サイレンが鳴り響く
息も絶え絶えに逃げてくる二人
とにかく走り、山の奥へ奥へと向かって進む連と宋
いつかそこは小川のほとり（夜）身体を洗う二人
一瞬身を硬直させる連
宋 どうした…連仁…
連 し！ 誰かいる……
宋 その棒きれをよこせ…俺が倒してやる……
連 銃を持ってるかもしれん…
宋 ここまで来たんだ…死んで元々だ…
連 ああ…
宋 行くぞ…
二人 うああ…
緑 うああ…
二人 あ…あ…
宋 その格好……
緑 中国人か……
連 そうだ、りゅうりえんれんだ…
緑 はおちゅうろくだ…・・
宋 助かった…助かった（頽れる宋）
連 宋、どうした…・・
緑 どうしたんだ…
連 気を張っていたからな…安心したんだ（緑が足を引きずっているのを見て）どうしたんだそ
の足…
緑 逃げるときに…くじいたらしい。
連 折れているんじゃないのか…
緑 分からない…
連 これで縛ろう……おい、宋、宋…しっかりしろ…・・さあ…
緑 済まない…
宋 何だ、どうした…
連 仲間だ…仲間が増えたぞ…これで逃げられる…中国へ帰れる…
宋 そうか…
連 宋、何寝ぼけてるんだ…ハハハ、ハハハハハハ
緑 ハハハ、ハハハ……うっ…
連 どうした
宋 何だ、どうした…
緑 腹が、腹が減った…
連 ハハ、俺もだよ……
宋 何か食えるものを探さないとな…
連 その通りだ。どう、歩けますか。
緑 大丈夫です。
宋 夜の内にできるだけ西へ進もう、必ず故郷にたどり着ける。
コロス 山また山 峰また峰
野ニラをつまみ 山白菜を食べ 毒茸にのたうち
けものと野鳥の声に脅え
猟師も来ない奥深くへと移動した
らんらんと輝く太陽のした
三人は山へ山へとひたすら逃げた
脅えきった野兎のように
突然一面の白い花畑が広がる（ジャガイモの花）
連 あれはなんだろう
緑 中国にはないな。
宋 食えるかもしれない
連 行ってみよう
緑 本当にこんなもの食えるのか。
宋 俺が先に食う…
連 待て、くじで決めよう。三人ともやられたら誰が俺達のことを家族に伝えるんだ。
宋 だから俺が食うと言ったろう。
緑 待て、俺は一番年が上だし、足の怪我で迷惑もかけた。ふるさとには家族もない。俺が食う。
（花をむしって食べる……吐く）
連 大丈夫か！
宋 毒だ、やっぱり毒だ。
連 いや、こんなものをこれだけたくさん植えるはずがない……
宋 なんだこいつは……
連 うまい……
宋 連！
連 花を食うんじゃない、根っこを食うんだ…
我を忘れてジャガイモをむさぼり食う三人
コロス ジャガイモは彼らの主食になった
昼は眠り 夜は畑を這う日が続く
いもをかじっては、少しずつ移動した
三人の男たちの当てのない逃避行が始まった
山を越え、川を渡り、彼らは歩いた
歩き続けた
陸続きであるはずのふるさとを探して
寂しげに汽笛の音
コロス そして、容赦なく北海道の冬はやってくる。
穴を掘り、冬眠の支度をする三人
宋 おめえの畑は何町歩って言ったっけなあ。
連 一反二歩だ。
宋 ああ…ナツメの林…目に浮かぶなあ…二千五百本はあったんだ。
緑 それは大したもんだ。
宋 爺さんたちが手塩にかけて三十年…毎年売りに出た百二十トンの棗の実……いまは切り株だ
けさ。
軍靴の音次第に近づき三人の姿が消える
日本兵の声 全て切り倒せ、焼き払え 殺せ 奪い尽くせ！
轟音と悲鳴 森が燃える音 軍靴の音次第に高まって
（シルエット）
銃剣で殺される男の姿
犯されるのを拒んだ女の首がはねられる瞬間
連 ユイラン…ユイラン…
宋 どうした、連…
連 ランが…ランが…
緑 大丈夫だ…大丈夫だ
暴れる連を抱きしめる二人
吹雪の音高まって
コロス りゅうりぇんれんは膝をかかえた
長い膝をかかえてうつらうつら
三人の男は冬を耐えた 半年あまりの冬を
北海道の冬は長い
三人の男たちは横になることもできず
膝をかかえたまま、雪の穴蔵で、長い冬を耐えた
耐えた……
眩しい太陽を恐れ 痺れきった足をさすり
歩く稽古をはじめたとき
ふたたび六月の空 六月の風あまく
三人は網走の近くまでを歩き
雄阿寒 雌阿寒の山々を越えた
出たところはまたしても海！
釧路に近い海だった
日本はどうやら島であるらしい
故郷からはさらに遠のいたのも確からしい。
海を前に茫然と立ちつくす三人の中国人
頽れる三人
宋 やっぱりダメだ。
緑 もしやとは思ったが……
連 島なのか…本当に…
宋 連、船は漕げるか？
連 川船なら操ったことがある。
宋 十分だ
緑 まさか、海を渡ろうってのか。
宋 そこまでは言わないが、しかし、他にどんな方法がある。
緑 ばかげてる…ここがどこなのかも分からないのに…
連 いや、船に乗れば、どこか中国につながる島にたどり着くかもしれない。
緑 ばかげてる。
宋 この辺の漁師に頼んでみよう
緑 何を言い出すんだ、すぐ捕まるぞ。それとも誰か日本語を話せるというのか。
宋 声を出さなければいいんだ。
緑 え？
宋 手振り身振りで、口が利けないように見せるんだ。
緑 うまくいくものか。
連 やってみよう。こんな格好をしてれば、俺達が下積みであることはすぐ分かる。漁師だって、
同じ下積みの仲間じゃないか。気持ちは通じるはずだ。
緑 つかまるぞ。
宋 じゃあ、どうするってんだ、このまま、また海岸を歩き続けて、同じ場所に戻るのか。同じ
連中に捕まるのか。同じ牢屋にはいるのか。同じことか、繰り返すのか、どうなんだ、どう
なんだ！
緑 やめろ、放せ、俺が言ってるのはそんなことじゃない、漁師に怪しまれて、通報されるかも
しれないと言っているんだ。俺達が逃げたことは、島中の人間が知ってるぞ、あいつらは執
念深いんだ。どこまでもどこまでも追いかけて来るんだ。謝っても、米を渡しても、土下座
してもダメなんだ。銃剣を突きつけて来るんだ。平気で女子供を串刺しにするんだ。知って
るだろう…おまえたちだって、そのくらい知ってるだろう…そうだ、串刺しだ…生き埋めだ
…生きたまま自分が埋められる穴を掘らされるんだ…ああ…もういやだ・いやだ・いやだ…
連 やめろ緑、いいから、落ち着くんだ…緑…おまえの身に何があったか、大体想像がつく。お
まえの気持ちは分かる…落ち着くんだ……
泣き崩れる緑…なだめる連…歯を食いしばり、涙をこらえる宋
宋 わかったよ…俺達は疲れてるんだ、少し休もうじゃないか。今日の寝床を探すんだ、明るい
内に…
連 宋…
宋 いいんだ…いいんだ…落ち着いたら、ゆっくり考えればいいんだ…
緑 すまない…
穴蔵を見つけて、そこに座り込み、保存していた芋や果物を食う三人
日が落ちて、寄り添うように眠る三人
秋の虫が烈しく音を立てて…
ぼんやりと浮かび上がる月
蘭のうたう子守歌が微かに聞こえてくる
翌朝
緑 おい、起きろ…
宋 なんだ…
緑 船を頼もう…
宋 何だ急に…
緑 二人が正しい、昨日はすまなかった。
連 どうした二人とも…
宋 緑が船を頼もうと言っている。
連 そうか……
宋 やるか…連……
連 そうだな。
緑 漁に出る船なら、朝が早いだろう。探すなら今しかない…
宋 行くか…
連 ああ……
穴蔵を出る三人
漁師らしき人物が網を編んでいる
手振り身振りで話しかける三人
にこやかに目配せする漁夫
何も言わずに立ち上がり、三人をなだめ、消える。
大規模な山狩り
逃げる三人
緑と宋が捕まる
宋 連、逃げろ…
連 宋！ 緑！
連 ちくしょう…ちくしょう…俺のせいだ…俺のせいだ…（逃げる連）
深い森の中で倒れ込む連
やがて起き上がる連 慟哭…
コロス 二人は殺されたに違いない
全ての道は閉ざされた
連 …俺も行く！
腰に巻き付けてあった荒縄をほどき、木にかけて、死のうとする連
縄が切れて腰から落ちてしまう連
烈しく泣く
連 （ばかやろう…ばかやろう…生きてやる、ちくしょう…俺はとことん生きてやる）
暗転
玉音放送（終戦）
W 穴居生活（十二年間）
上手下に日本人の農家の納屋
下手上に連の住む洞穴
連の髪や髭は伸び放題で、まるでクマのようである。
納屋の内部
赤子をおんぶした農婦３が縄を編んでいる
農民１と２が農作業を終えて、納屋へ帰ってくる。
農民３ あらいらっしゃい
農民１ 名前なんて言うんだ？
農民３ 安男だ…
農民１ あややめんこい子だ…
農家の庭の柿を盗みに近づく連
陰の声 どろぼうだあ、どろぼうだぞお…
農民２ 何だまだが？
農民２出ていく
農民１ なんだやぶっそうだこと……
農民３ このごろのクマ出るって言うけど、食い物だけでないみたいだ
農民１ なに？
農民３ 何でもいろいろなくなってるみたいなんだ。
農民１ 何しさ…
赤ん坊の泣き声
農民３ 何でもよ、人間に子供ば殺された母グマが、ややこのべべこばとりにくるつうんだ。
農民１ おっかないこと…
赤ん坊の泣き声
木陰で家の様子をうかがい、赤ん坊の泣き声に耳を傾ける連
農民１ おう、よしよし…（日本の子守歌）
そして夜、納屋から鍋や薪、スコップなどを奪う連
赤ん坊を寝かせる小さな敷物を見つける。
その敷物を奪おうとして思い直し、元に戻す連
敷物に顔を埋め、微かに子守歌を口ずさむ連
思わずウトウトする
農民２ 誰がいんのが！
ハッと目を覚まし逃げる連……森の中に消える連
追いかける農民
洞穴に戻る連…やがてそのまま眠ってしまう。
ある日
洞穴で煮炊きして芋などを食う連
拾ってきた竹で釣り竿を作る連
その頃村では人々が行き交っている
釣りをしようと洞穴を出る連
栗拾いの村娘とばったり出くわし、驚いた娘が栗をばらまいて逃げる。
様子をうかがいながら栗を拾い出す連
そこへ農民が二人通りかかる。
農民１ あらあら…ばらまいてしまって…
農民２ こっちまで飛んできて…
栗を拾って連に渡す農民二人
連 （思わず）シェイシェイ…
農民１ シェイシェイ
連、ハッとしてお辞儀しながら去る
農民２ 見かけねえ顔だな…
農民１ 隣村から釣りさでも来たんだべ…それにしても、なんだ、シェイシェイって
農民２ わがんね…なんかのおまじないが？
農民１ シェイシェイ
農民２ シェイシェイ…ハハハ、ハハハ……
農民去る
小川のほとり
少年と出会うシーン（即興で作られる）
水を掛け合う二人
連に手ぬぐいを渡す少年
シェイシェイと思わず言ってしまう連
小年の友人（声） たつや…おい、たつや…早く来いよ…
少年矢のように走り去る。
呆然と見送る連
連 生きていたら……ちょうどあの子ぐらいだろうか…
（コロスのセリフと重なって）
洞穴へ帰っていく連
洞穴の中で冬支度する連
しかし、以前のようなきびきびした動きは見られない。
身体が弱ってきているのである。
コロス それからさらに何年かたち
皮の外套を手に入れた
ビニールの布も手に入れた
だが一年ごとに身体の方は弱ってゆく
十年たつと月日は数えられなくなり
家族の顔もおぼろになった
妻もおそらく他家へ嫁いだことだろう
北海道の早い冬はもう
粉雪をちらちら舞わせ
また穴の中へと りゅうりぇんれんを追い立てた
獣のように生き
記憶と思考の世界からは絶縁された
獣のように生き
獣のように生き
獣のように生き……
X 十三回目の冬
北海道の厳しい冬
洞穴で身を寒さから守りうずくまる連
蘭のフラッシュ
綿入れを編みながら子守歌を歌う蘭
合わせて口ずさむ連
やがて雪が止み暖かな光が射し込む
蘭 連！ 連！ 起きて頂戴
連 ああ、蘭か……
蘭 風邪をひくわ…さあ、この綿入れを着て…この子のとお揃いなのよ。
連 ああ、そうだな、お揃いだ…それを着なきゃあな…
蘭 そうよ…ちゃんと襟も付けたから、今度こそ着れるのよ…
連 ああ、そうだ、そうだ…それにしても寒いなあ、今年の冬は…・・
蘭 今火を入れたのよ…すぐ暖かくなるから……
連 すごく眠いんだ…蘭…少し眠っていいかな……
蘭 もう充分眠ったじゃないの……ダメよ、この子が生まれるんだから……
連 そうだった、でも、どうしようもなく眠いんだ…蘭、君は、一体どこにいるんだ？ 君の所
に僕は行くんだよね…
蘭 何バカなこと言ってるの？ さあ、起きて、綿入れを着て頂戴…風邪をひくわ……
連 眠らせてくれ…もう少しでいいんだ…後で着るよ…ああ、そうだ、暖かくなってきた…ここ
は僕の家だろう…？ だってこんなに暖かいんだから…もう少し眠ろう…蘭…蘭…………
…
次第に吹雪の音が混じり、蘭のフラッシュが消える
人々の声が重なって…
日本人 こっちか…
日本人 もう少し上だ…
日本人 穴があるぞ……あったかい……
日本人 そこだ…そこだ…気をつけろ…銃を持ってるかもしれん
日本人 いたぞ
日本人 いたぞ
日本人 いたぞ
日本人 いたぞ
日本人 出てこい…
連 イダイ、イダイ……
日本人 日本語しゃべった……
連 イダイイダイ
日本人 もう大丈夫だ…安心しろ……
連 イダイ、イダイ……
日本人 だいじょうぶだ……
気を失う連
猛吹雪
運ばれていく連
コロス 惨憺たる月日を縫い
あなたの国の河のように悠々と流れた
一つの生命
その知恵もからだも
しかし限界にきたようにみえた
厳しい或る冬の朝のこと
あなたはとうとう発見された
札幌に近い当別の山で
Y 保護
村人１ 中国人らしい
村人２ 誰か火を持ってこい、この人を暖めるんだ。
コロス りゅうりぇんれんは訝しむ。
連 なぜぶん殴らないのだろう
村人１ これを食べなさい
村人２ タバコは、タバコをどうぞ…
連 不明白（ブーミンパイ）
コロス わからない
コロス わからない
華僑１ 戦争は終わったのですよ。
華僑２ 日本は負けて、あなたの国が勝ったのです。
コロス りゅうりぇんれんは認めない
コロス 祖国が勝ったことも認めない
華僑１ 旅館の者を呼んで、あなたの食べたいものを注文してご覧なさい。
華僑２ 日本人はもう中国人をいじめることは絶対にできないんだ。
連 うどんを…熱い、熱いうどんを…
村人１ うどんだ、うどんだ。
村人２ 熱いうどんを持ってこい。
うどんを捧げ持つ女中
コロス りゅうりぇんれんの固い心が
コロス そのとき初めてやっとほぐれた
うどんを食う連
華僑１ ひどい痛めつけられかただ…
華僑２ なんてことだ…人間が信じられないんだ。
華僑１ ひどい、ひどいことをしやがる……
嗚咽する二人
連 もう一杯、もう一杯
照明変わって
日本人１ 不法入国者
日本人２ スパイかもしれん…
日本人１ あなたはどこで働いていたのですか
連 分からない
日本人１ 南の島ならまだしも、北海道の冬の山で生きていられるわけがない。
日本人２ しかも十三年間も…
日本人１ 嘘に決まっている
日本人２ あなたはいつ日本へ来たのですか
連 分からない…
中国人１ 強制連行された中国人の数は十万人…
中国人２ 厖大な資料だ…
中国人１ 探すしかない…
中国人２ 連さんがスパイにされてしまう……
中国人１ 山東省…劉連仁…
中国人２ 山東省…劉連仁……
日本人１ 不法残留者
日本人２ それに間違いない
日本人１ 警察で取り調べよう
日本人２ 「りゅうりえんれん殿、三月六日午後一時、北海道警察まで出頭のこと」
連 ばかげている
中国人１ ばかげている…連さんに警察への出頭命令が出た……
中国人２ ばかげている…勝手に連れてきて、勝手に働かせて…殴って…殺して…
中国人１ 早く探さなければ…
中国人２ 劉連仁…劉連仁……劉連仁…劉連仁……
中国人１ あった！ 間違いない…これだ！
コロス 「劉連仁」
山東省 諸城県 第七区柴溝の人
昭和十九年九月 北海道明治鉱業会社
昭和鉱業所で労働に従事
昭和二十年無断退去 現在なお内地残留……
Z 東京
連 政府は認めたんですか…
Ｃ いいえ、謝罪の気持ちは一切ありません…企業が勝手にやったの一点張りです。
連 その企業は…・・
Ｃ 正式な契約だと言っています…
連 …………
Ｃ これをどうぞ…
連 ……
Ｃ 綿入れです…
連 どうして…
Ｃ 当別の村の人たちが、心を込めて編んだものです。中国人はどういうのを着るのかと、華僑
の方々にいろいろ聞いて、みんなで縫い上げた綿入れです。今朝、中国人協会に届いたので
す。
連 仲間です…日本人は、あの村の人たちは…私の同胞です。
連 黒の綿入れを羽織って…
連 あり得ないことではありますが、妻はチャオユイランは、生きているでしょうか…調べて下
さい…
Ｃ 今調査中です。生きていたらどうしますか……
連 どういうことですか……
Ｃ 奥さんが、もし、別の家庭を持っていたらということです……
連 それが自然なことです。しかし、妻のお腹には子供がいた……一目、一目会いたい……
Ｃ 分かりました……調査を急ぎましょう……
連 日本はどこに負けたのですか……
Ｃ アメリカ、そしてイギリス……
連 中国は、中国は……
Ｃ 中国を侵略した日本兵はことごとく退去しました。シベリアで捕虜になったものも多数いま
す。中国は、再生への道を確実に進んでいますよ……ところで、この少年に見覚えはありま
せんか？
連 ……？
Ｃ 日本人の子供です。
連 わかりません。
Ｃ この子が、あなたを助けたのです。
連 え？
Ｃ この子はあなたと出会いました。当別の川原で……
連 は…
Ｃ この子は冬になると、「おじさんが死ぬかもしれない」と母親に訴えました。はじめ大人た
ちは何のことか分かりませんでしたが、どうやら、日本人ではない人が穴蔵で生活している
らしいことが分かったのです。その子は、そのおじさんが厳しい冬を越えられないのではな
いかと思い、思い切って、母親にあなたのことを話したのです。あなたは、凍死寸前の所を
助けられました。
連 た…つ…や？
Ｃ そうです、たつや君です…思い出しましたか……
連 ……シェイシェイ…シェイシェイ…た…つ…や…
Ｃ 生きていれば、あなたの子供と同じ年です…
連 帰りたい…
Ｃ 帰れますよ……
連 しかし、私にはやらなければならないことがあります。何十万人の中国人のためにも。
Ｃ 今、みんなで、政府に働きかけています。必ず、謝罪させます。
連 ……
Ｃ 連仁さん……
[ 帰国
船の汽笛大きく
歓声
日本の国旗、中国の国旗が振られ、白山丸が帰港する
飛び交う中国語
船を待つ中国人……年老いた蘭と成長したシュンアルが見える
船を下りる連
蘭を探す連
群衆に遮られ、なかなか近づけない三人
連 （蘭を見つけて）ユイラン！
次第に舞台はセピア色に変わる
コロス 平成十二年 九月二日 劉連仁 高密県の自宅にて、老衰のため死去。
享年八十七 失われた十三年間の国家賠償の判決を聞くことはできなかった。 （幕）